【短編】逃走

 PRAYSEのメンバー六人の中で唯一、他の部活動との兼部であったドラムの喬松慧希が、所属していた社交ダンス部へ退部届を提出したのは、九月初日の登校日のことだった。


 自分たちの練習に加え、一年生への指導やカップルの選定、二学期下旬の大会運営と、業務がやたらと多岐にわたる二年生からすれば、後輩の退部など招かれざる状況。しかも、体格や運動神経に恵まれ、六月の新人戦の結果も上々だった後輩ともなれば、先輩男子が貴重な時間をお使いになられて、説得に向かわれるのも、必然的な流れだった。

 それでも喬松はもう部活には行かないという姿勢を崩さなかった結果、先輩方も退部を承認。以降、社交ダンス部との一切の関わりを持つ必要がなくなった。


 さて、喬松は夏休みの時点で、男子メンバー二人には退部することを宣言していた。そして九月初旬のある日の放課後、退部が正式に決まったタイミングで、女子メンバー三人にも、この話題をさらっと伝えた。

 彼女たちの反応はというと、それはよかった、安心した、……と、随分とあっさりしたもの。喬松に対して理由を聞いたりもしなかったし、この話題はすぐに終わりとなった。

 そしてお調子者のギター男子、眞北和寿が、『ダンス部焼き討ち獄門計画』を議題に上げようとして、他の全員から黙殺されたのだった。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 結局、用件を伝えてすぐ、喬松は帰宅することにした。最近買ったゲームの途中だからという名目だったが、本当は違った。

 彼が退部を宣言したとき、ヤロウ二人はかなり動揺し、心配した様子を見せており、それは喬松にとって悪くない、いや嬉しい気分だった。それに味をしめて、女子三人からも心配してもらえたらなぁという心理が少なからず湧き上がってきたのだが、女子達は至って平静な対応。結果、ただの事務的報告に終わってしまった。

 しかしながら、それも当然だろう。女子三人、いやメンバー五人にとって、喬松のダンス部退部はまったくの損失ゼロ。むしろ、ダンス部の影響で喬松がバンドの練習に来られないリスクがなくなっただけ、PRAYSEにとってはプラスでしかない。

 自分にも矮小な欲求があったことに気付いて、恥ずかしくなった喬松。理性的な思考との間で、居心地が悪くなった。だから独りになるべく、早々に下校したというわけだ。


 今日も今日とて、両親は帰りが遅くなる予定だ。夕食を買う金は与えられているので、何か買って帰ろうと、通学路沿いのコンビニに入店。面白そうな新商品がないかと店内を物色していると、突然、彼を呼び止める声が聞こえてきた。

「あ、喬松じゃん。帰ったんじゃぁなかったのか」

「えっ? 絢さん?」

 部室に残っているものだと思っていた鷺沢絢が、すぐ後ろにいた。

大抵、女子メンバーの藤守千里や香坂優子と一緒に下校することが多い彼女だが、どうやらその友人二人も、家の用事で早く帰ったのだそうだ。

 絢は一般的にヴィジュアル系とされる音楽の他、特撮という喬松との共通の趣味を持っており、彼にとっては最も話しやすい女子だ。とはいえ部室で別れた後、ここでもばったりという流れで、少し気まずいのも確か。それで、先ほど自分が部室で話したことに対して、何故だか罪悪感を抱いてしまった。

「あ〜、……さっきは悪かった。部室を湿っぽくするつもりはなかったけど、一応事実は伝えとこうと思って。まぁ、みんなあっさり受け入れてくれたから、ほっとしたけどよ」

 自分に存在していた、かまってちゃん精神をごまかすように、喬松は癖毛の髪を掻き毟った。すると絢は、喬松に視線を合わせながら、こう話した。

「……あんたのことは心配してないワケじゃぁなかった。退部なんてデリケートな話題に決まってるし。ただ、部室で蒸し返す雰囲気も何か違うと思って、あの場はさらっと流すしかなかった。チサトもユーコも、たぶんあたしと同じ判断だったと思う」

 彼女達の部室での対応は、高校生としてはおそらく百点満点だろう。その上でさらにこの場で、こちらに心配の気持ちを持っていたと言ってくれただけでも、十分すぎる気遣いだ。

 ところがそこから先は、喬松にとって意外な言葉だった。

「とはいっても、興味本位レベルだけど、気になる。……あんた、部活で何があった?」

 そう聞いてきた絢の目は、真剣そのものだった。興味本位という言葉とは裏腹に、誰にも口外しないという意思が見て取れた。いや、もしかしたら、こちらの心の奥底を見抜いての発言かもしれなかった。

「…………期待されても困るけどなー。ま、どこにでもあるような話だけどよ」

 話せば楽になれるタイプの嫌な思い出は、より多く話して、より多くの共感を得られただけ、軽減されるもの。ならばこの場は、お言葉に甘えさせてもらおうと、喬松は思った。

 とりあえず、二人はそれぞれドリンクを購入し、店内窓際のイートインコーナーで談話する流れとなった。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 MW高校社交ダンス部は、十数年前に創られたばかりの、県内でも珍しい部活動。夏と冬、毎年二回の全国大会のほか、地方レベルでの交流試合も、年に数回開催されている。

 もともと、生徒が自主的に創設した集団であるため、管理運営や練習指導もほぼすべて、生徒だけで行われているのが大きな特徴。学校から部費が降りる部活動のため、顧問の教員もいるのだが、もっぱら会計管理と遠征の引率程度の存在だ。

 競技人数は決して多くはないスポーツであり、部員のほぼ全員が、高校入学から入門した初心者。それだけに、自分たちで部活動を支えている自負が強い。新入生の勧誘活動も、他の部活と比べても、ひときわ派手で明るい印象を演出していた。

 初心者歓迎、誰でもカッコよく踊れるようになる、そんなイメージ戦略に影響されて、特に何も考えず勢いで入部する一年生は、毎年一定数いる。M市内の中学から進学してきた喬松慧希も、そのひとりだった。

 そんな、社交ダンス部の活動は精力的なものだったし、大会では相応の成績も残してきている。だが、その内情として、運動部としての高いモチベーションが悪い方向に暴走しがちな空気が形成されていた。


 一年生が叩き込まれる基礎練習は、身体的に、そして精神的につらいものだった。体罰こそ禁止されているものの、基礎体力に乏しかったり、基本の動きがなかなか覚えられない生徒に対しては、容赦ない罵声が飛んだ。

 当然と言うべきか、多くの新入部員が淘汰され、入部して一、二ヶ月で、退部という道を選択するのだった。


 不道徳的なまでのセクハラ問題も顕著だった。どうやらこの部活の一部では、好成績を目指してきつい練習を行うストレスを、下世話な言動で解消している風潮があるようだった。

 女子禁制の新入生歓迎イベントで、男子新入部員は、過去の自身の性体験や、どの女子とSEXしたいかなど、先輩男子の前で宣言させられた。また、その内容について、彼らから時たま弄られることも少なくなかった。

 さらに喬松は、三年生の女子から、私で『初めて』を捨てていかないか……などと、ちょっかいをかけられたこともあった。

 真面目で優しそうな先輩だと思っていたが、いかにも慣れたような口ぶりだ。半分は口だけ、もう半分は遊び感覚なのだろう。訳あって性愛関係では真面目でありたいと考えている喬松にとっては、興奮よりも逆に、彼女の不品行ぶりに言葉を失った。オレ好きな人がいますからと愛想笑いで回避するのが精一杯で、帰宅してなんともドス黒い気持ちに陥った。


 そして決定的だったのが、盆休みシーズンに行われた三泊四日の夏合宿。八月初旬の大会で引退する三年生からバトンを引き継いだ二年生にとって、初めての大仕事だ。

 練習時間は午前午後夜間と、一日最大十時間。練習の質も、平日放課後とは比べ物にならないが、そこでの光景は法の外であるかのように閉鎖的で暴力的な、運動部の悪いイメージそのものだった。

 二年生から指導を受ける一年生には、常に最大音量で叫ぶこと、常に笑顔でいることが求められる。連帯責任の罰ゲームも当たり前に行われるし、何より各人に対して、人格否定も同然のダメ出しが容赦なく浴びせられた。時には、さぞかしパパから殴られず甘やかされて育ったんだろとか、ママちゃんにおっぱいくだちゃーいと泣きついてんだろとか、全く無関係な家族まで侮辱するかのような発言もあった。


 特に、喬松に対する先輩の当たりはきついものだった。

 人並み以上に体力や運動神経があり、雰囲気からしておおらかで細かい事は気にせず、何かとルーズでいい加減なところがある、……そんな評価を受けていた彼は、特に罵声を浴びせやすい標的であり、いくら叩いても大丈夫なサンドバッグ扱い。閉鎖空間で芽生えた攻撃性の、格好のはけ口だった。

 言われた通りにハードワークをこなしているつもりでも、些細なきっかけで難癖をつけられ、怒鳴られる。体育が得意な喬松とて、常に絶好調ではないし、肉体的にもツラいものはツラい。しかしながら、それを表情に出せば、さらに侮辱される。

 単純な基礎練習の際でもそれなのだから、カップルを組んでの練習においては、さらにプレッシャーだ。相手女子にも難癖が飛び火しかねないし、連帯責任を負わされるからだ。

 そんな抑圧された環境の中、自分が呼吸できているかどうかすら、怪しく思えてきた。食事、入浴、睡眠の時間ですら、ボロボロの身体と心を回復させるには、とても足りなかった。


 三日目。過酷な環境でのストレスにより寝付けなかったことが災いして、午後になってついに喬松は、眩暈を起こしダウン。そして嘔吐してしまった。

 先輩のひとりに介抱され、休憩と水分を摂らせてもらえたが、そこで喬松はいくつもの言葉を浴びせられた。

 お前が倒れるとは意外だな。いいガタイしてるのに。ゲロ吐くだなんて意外と脆いんだな。合宿を見据えて常日頃から基礎練してればこんなことにはならなかったんだ。少しは恥を知ったか? 楼蘭(ろうらん)ちゃんとか賀露鈴(かろりん)ちゃんとか、あんなほっそい身体で筋トレ乗り切ってんじゃないの。それとも合宿での指導にビビったか? 恐怖を跳ね除ける強い心を持て。常に本気で笑っていろ。それが合宿の目的だ。————この合宿では、感情のあり方すら、自由にさせてもらえないようだ。苦痛とか恐怖など、起こりえるはずがない事態のようだ。

 喬松はもう、練習中は感情を閉ざすことにした。すると、言われたとおりにやっているだけか、もっと考えて練習しろ、そんな理不尽な言葉が飛んでくるのだが、それも脳内に反響する鈍痛の一部だと知覚することにした。


 また、最後の夜は打ち上げ会だったが、そこで新入生男子は女装をさせられるのが、毎年の恒例だった。

 喬松はセーラー服を着せられた。当然、ムダ毛など処理する暇などない。案の定、しこたま嗤われたが、これも頭痛の一種だと、愛想笑いでやり過ごした。


 そんな生き地獄の日々も、四日目の夕方に終わりを迎えた。

 帰りのバスの中。楽しかったね、いい思い出になったね、そんな女子生徒の声が聞こえてきた。

 キツい、ツラい、クルシい、コワい、……ようやく解放されたところで、そんな気持ちしか湧いてこない自分が、ひどく惨めなナニカに思えた。

 もっと上手に踊れるようになれればきっともっと楽しいだろう。続けていれば、誰かよさげな女子と巡り逢い恋に堕ちて、なんとも素晴らしい高校の青春時代を過ごせるだろう。……そんなささやかな希望など、とても期待できなかった。


 帰宅後も約一週間、強烈なストレスが喬松を苛んだ。合宿は終わったのだから安眠していいはずなのに、以前より眠れなかった。

 また、大声の出しすぎで喉が枯れてしまい、声を出そうとすれば声帯の振動が気色悪く、嘔吐きそうになる状態も三、四日は続いた。

 どうせ親もまともに帰ってきやしない中、家でやることといえば、ネットや漫画、ゲームで時間を潰す程度。バンド仲間である眞北からの誘いも、合宿で疲れているからと断った。毎日、最低でも十五分は叩いていた電子ドラムにも、触れる気がしなかった。


 八月下旬の夏課外後半のある日。バンドでベースを務める美純螢が、同じ寮の同級生からいじめを受けていることを告白してきた。

 彼は眞北や喬松の助言を受け、自分の窮状を親や教師に打ち明けた。過程はどうあれ、美純は自ら、辛い現状を打破するために動いた。表には出さなかったものの、喬松はそのことに対し、心が震えたのを感じた。

 そして喬松は、社交ダンス部を辞めることを決意。眞北と美純に宣言した。そして、サボっていたドラムの練習も、少し再開した。


 退部届を出した翌日、男子の先輩二人が説得にやってきた。曰く、喬松は彼とカップルを組んでいる四組の女子生徒、座羅琉詩愛(ざら るしあ)と共に、部内でもなかなか期待されている立場であり、退部すると少なからぬ痛手になるというのだ。

 喬松はいつもの力を抜いた態度を崩さないながらも、素直に理由を説明した。特に、合宿では苦しくて怖い思いをしたこと、部内の雰囲気に馴染めないこと、社交ダンスに面白みを見出せなくなったこと、だからもう続ける気はないということ。なるべくやんわりとした態度で、かつ、偽らずに話した。

 それに対する先輩達の言葉はというと、ツラいのは皆同じだ、部活以外の遊びなんていつだってできる、今でしかできないことをやってみないか、ここで辞めたら絶対後悔するぞ、————他にも色々、こういう場面での定型文ばかりだった。

 喬松は悟った。あぁ、この先輩も部活のために必死なのだろう。日々の練習や合宿を乗り越えてきた自負もあるのだろう。だから、目の前の後輩が抱いている内面など、一切見てはいない、見ようとしてはいないのだ、と。

 話し合いの余地はありはしない。こうなったらもう、相手がこちらに近寄る気持ちを削ぐのが一番手っ取り早い。


「先輩? 先輩は部活ですっかり心が折れてしまったオレ相手に、交渉に来たんすか? それとも赤紙持って世界徴兵に来ただけっすか?」

「は? そりゃお前にこれからも一緒に頑張って欲しくてだな」

「えーっとですね、オレはもう部活は嫌だって言いましたよ? 相手が嫌がっていることをやらせようってんなら、相応の誠意が必要じゃぁないんすか? 例えば……あ〜、オレの好きなゲームの話ですいませんけど、そのゲームでモンスターに仲間になってほしいときは、そのモンスターの気持ちに沿うような選択をして、そんでもって交渉材料に自分の金とかアイテムとかHPとかを差し出し————」

 先輩男子は二人とも、激怒した。貢物を要求とかふざけるな、てめぇみてぇなクソ生意気野郎なんぞもう知るか、もう勝手にしろ、ムカつくからもう来るな、人が下手に出てんのに調子乗りやがって、……挑発という卑怯な手段ではあったが、ともかく、相手から決裂を言い渡すよう誘導することには、成功した。

 正直、体育会系二人の激怒が怖くないワケがなかったが、この結果を得られたならば、心臓への衝撃も必要経費というものだ。

 ならばもう彼等に関わる理由はない。それじゃあオレ、妹のトシコと弟のトシゾーの面倒を見なければいけないから帰りまーすと、この場から逃走した。


 その翌日。練習前に部長から呼び出された喬松は、そこで退部が承認されたことを告げられた。

 部長からは、最後に全員の前で挨拶していけと言われた。円満退職でもねーのにそんな義理なんてあるんすか、と言ってやろうとも思ったが、言い争いになるのも面倒だと思って、やめた。争いを作戦に組み込むなど、昨日の一件だけで十分だった。

 自分に向けられた同級生の視線は知覚しないように、反応しないように努めた。いつもどおりの軽薄な態度を作り、一身上の都合で部活辞めます。特にペアだった座羅さんとか特にさーせんっした。それだけ吐き捨てて、練習場を後にした。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「まー要はアレだ。スラダンみてーにはなれなかったってやつ。オレはただ楽しくやりたかったんだー、強要すんなよ全国制覇なんてー、……そっち側の人間だったってこと。ちょっと軽蔑なんてしちゃったりする?」

 どうかオレに同情して涙してください、そんな誰もが持ち得る脆弱な感情をもみ消すように、喬松は自虐的に振る舞ってみせた。

 だがもちろん、絢は彼を軽蔑などしなかった。そればかりか、積極的に同調する姿勢を見せてきた。

「いーや。あたしだってちょっぴりピアノとか合唱やったけど長続きしなかったし。それに放送室ジャック事件起こして、放送部クビになってるし」

「放送室ジャックって……なんだよそれ? 立て籠りか?」

「そうそう。ムカつくクソ教師をクビにしろって演説しちまった。……まーそれは後で詳しく話すけど。……あんた、よく耐えたよ。がんばった。あたしだったら凶器持ち出して暴力沙汰やらかしてた」

「…………グラッツェミーレ」

 彼女の話に含まれていた、簡単な言葉。自分はきっと、その言葉を何よりも欲していたのだと、喬松は気付かされた。


 それから、二人の少し薄ら暗い対談は、買ったドリンクが空になる直前まで続いた。

「何か中学高校の部活ってよー、一年で入部して三年で引退するまできちんと続けなきゃダメ、途中で辞めちゃったらそれだけで落伍者扱い、周りから低く見られるって風潮があったりしなかったか?」

「……確かにそれはあった」

「だけど大学行ったら、浪人生なんてフツーにいるでしょ? ウチの学校にも卒業した先輩向けの補修コースあるし。それ考えると、部活イヤになって辞めるくらい何なんだろうな」

「そうだよな。あたしの友達も別の高校でソフトボール部入ったけど、辞めちゃったし。それにウチの親も、大学いる間に就職決まらなくて、浪人経験したって前に言ってた」

「あー。ウチの母親も、二年間就職浪人だったし。その間は実家に厄介になってたみてぇだ。でも別にオレ等、学校を辞めて入学金に授業料をドブに捨てたワケじゃぁねーし、逆に嫌になった部活なら辞めるだけ得じゃぁねーの?」

「確かに! …………」

「…………」

「……」


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「いつもみてーに特撮話じゃぁなくて湿っぽい話だったけど、聞いてくれてありがとな」

 喬松は絢に感謝していた。ヤロウ二人には話していない部分まで話しきったことで、間違いなく楽になれたのだ。

 コンビニの外はもう暗い。喬松はそろそろ帰ろうかと促した、その時。

「あのさ喬松。あんたは今…………いいや、何でもない」

 絢は、喬松に何かを問いかけようとした。だがその途中で、言葉を飲み込んだ。

 喬松は察した。今このバンドは楽しいか、続けられそうか、…………きっとそんなことを言おうとして、でも失礼に聞こえるかもしれないと思って、やめたのだろう。

 隣に座るこの女子は、時に口汚く攻撃的な言動をとるが、それこそ特撮番組で描かれるような青臭い正義感を大事にしている、シンプルで素直な性格だ。少なくとも、彼女が喬松の居場所を悪い方向にもっていくようなことは、今はどうにも考えられなかった。

 喬松は、うーんと背伸びをしてみせた。

「あ〜、そうそう。最近の状況ねぇ。よっすぃーがこの前、リズム隊同士で課題曲練習しねぇかって言ってきてんのよ。それマキちゃんに話したら、ヤロウ三人でスリーピースセッションやってみねえかって言ってきやがったし、……あ〜あ、この展開、これから大変なことになりそうだわ」


(終)

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