Episode:3 救済、それは復讐 part.5
「はぁ〜? ドキュンボーとまた、きちんと友達になりてぇ、だとぉ~?」
「っ…………ごめん。失策、だっただろうか?」
画面越しの大声に打ち付けられ、美純は反射的に謝罪をしてしまう。スマートフォンの向こう側にいる眞北は、お前はとんでもねぇお人好しだだの、冷酷無比な闇人形らしい采配を期待していたのにだの、散々言い放ってきた。
翌日の土曜、県内全域が雨天の午後三時頃。暇を持て余した男子三人、それぞれ菓子をつまみながら、自室で通信アプリによる臨時会合をしていた。全員の家庭にはWi―Fi環境が備わっており、データ通信の容量を気にする必要はない。
話題といえばまず第一に、怒臨房流の件。会合の言い出しっぺである眞北が何より心配しており、美純に聞きたがっていたことだ。彼は加害者側が散々貶められるのを期待していたようだが、それは叶わなかった様子だ。
「いや、オレはよっすぃーの対応は正解だったと思うぜ」
一方、喬松は美純を擁護する側に回った。
「考えてみろよマキちゃん。よっすぃーは情けをかけたワケだ。そんな状態でドキュンちゃんが今後、また何かバカなマネやってみろ。圧倒的に不利なのはドキュンちゃんだと思わねぇ?」
「あ、なるほど! タカ、お前たま〜に頭いいなぁ!」
「それによ、状況からの推測ではあるけど多分、お父さんお母さんと先生とで、これからどうするかの話はついたと思う。だからしばらくはドキュンちゃんに対してはフツーに接すればいいんじゃぁねぇの? もしまた何かされたら身の安全優先、隙見て後でこっそり通報、ってことで」
「特に仲良くもねぇクラスメイトに接するよーな丁寧さで、だなっ!」
「…………そうか。うん、ありがとう。感謝するタカさん」
喬松の示した方向性に、美純は得心を覚えた。当面の心配については、ほとんど彼が解決してくれたような気さえした。
「そういえばオレ、社交ダンス部辞めることにしたわ」
「何……だと?」
「…………事情が変わった。何でも聞く。貴殿の悩みならば最優先だ」
今度は喬松から、全く以て予想外の爆弾発言。退部となれば学生にとってはなかなか深刻な話題だ。
バンドメンバー六人の中で唯一、他の部活動と兼部していた喬松。彼の土産話のような口調で語られたその内情は、笑って聞けるものではなかった。上から目線の先輩部員、心身を苛め抜く合宿、見え隠れする男女問題の数々。呆れた溜息しか出てこないし、そこで喬松が幾度も嫌な目に遭ってきたことは、想像に難くない。
「…………そんな中、俺を気遣ってくれていたとはな。ありがたい」
「嬉しいぜタカ。バンドを、俺様達を選んでくれてよぉ」
「いえいえ。んじゃ改めて、コンゴトモヨロシク」
それでもいつも通り、軽薄な中の平常心を崩さない喬松に、美純は勿論、眞北も感激していた。
「よっしゃ、じゃあ秘密結社・社交ダンス部焼き討ち獄門同好会を立ち上げるかぁ!」
「やめれ。まず大義がない。それに歴史上、過激派集団が最初から過激な計画を公表して上手くいったためしがない」
普段、学校で顔を合わせているにも関わらず、男衆の話は長々と続いた。やがて夕刻に差し掛かろうとした頃、喬松が思い出したように言ってきた。
「忘れるとこだった。ところでよぉ、明日マキちゃんと電車でひたすら北上するだけの旅をしようとしてたんだけど、よっすぃーも合流しねぇ?」
発端は、喬松が苦手な親戚との付き合いで手に入れたという臨時収入。くだらない泡銭はぱぁっと使ってしまおうと、眞北を誘ってローカル鉄道の旅をしようというのだ。
「それはいい。夕方までなら予定は空いている」
もちろん、それは願ってもいない提案。次の約束を大切に抱え、三人は会談の回線を切った。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
八月最後の日曜昼。PRAYSEの男衆は、美純宅に集合していた。
M市から美純の実家があるH市まで北上した眞北と喬松だったが、事故のせいでちょうどH市駅で鉄道がストップ。美純がこのことを母親に話すと、この前のお礼にお昼をご馳走したいので、二人を家に招いてはどうかという流れになった。
この日の昼食は、夏ながら、おでん。夕食時の親戚来客用に大量に仕込んでいたものの一部を、二人にふるまうことになったのだ。
「うまい! うまい! うまい!」
「うーん、この味だ。これだよ。こーゆうのが嬉しいんだよ」
何処を見つめているのか分からない表情で、ストレートに感想を連呼する眞北。何処ぞのグルメ漫画のように食通ぶった態度の喬松。
おでんという料理は大して好きではない美純だが、そんな二人のふざけた満足ぶりは、見ていて嬉しいものだった。
これまでの長期休暇といえば、課題と部活動、家族親戚との付き合いを除けば、ほとんど独りで時間を持て余していた記憶しかない。
だが、高校生活初めての夏は、こうして学友を家に招き、同じ鍋を喰らい、馬鹿笑いしている。最終盤のたった一日とはいえ、ある意味これまでで最良の思い出、とさえ感じられる。
ついでに言うならば、もしもこれが香坂優子と一緒だったらと妄想したが、……それはあまりに非現実で、都合の良すぎる展開というものだった。
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