Episode:3 救済、それは復讐 part.2

「いいかよっすぃー。今すぐお家の方に全部話すんだッ!」

「いや、それは……今此処でか?」

「あぁそうだぜもちろんだ! 今此処でだ! 俺様達が付いている今だッッ」

 自分が苦しい状況にあることを、二人にただ聞いてもらえるだけでよかった。ただその程度のことを希望していた美純は、眞北から示された具体的な指示に叩きのめされた。

 もし親に話せば、自分がしっかりしていないから付け込まれた、反撃しないから状況が悪化した、そんな風に自分の非を追及されてしまうだろう。それがひたすらに、怖い。だから言えるワケがない————そう押し黙る美純の心理は、しかし眞北の想定内だったようだ。

「聞いてくれよっすぃー。例えばお前が今回のいじめ……つーか恐喝事件だな、うん、事件。今回の事件のことでお家の人から怒られるかも、って思ってるんなら、心配すんな。仮に怒られても一瞬だけだ。絶対、絶対味方になってくれる。だって親だぞっ!」

 真っ直ぐに自分に視線をぶつける眞北の説得。そこに理屈はなかった。だが迷いも一切ないその言葉からは、停滞していないで動けという力強さに溢れているように、美純には感じられた。

「…………」

 それでもなお美純は行動に踏み出せない。彼のその様子に、まぁすぐには難しいかと申し訳なさそうな顔を浮かべた眞北。自分の席に戻って腰掛け、今度は嫌味ったらしそうに声を上げた。

「しっかしよぉ〜。核廃棄物にも劣るクズだぜ、そのドキュンボーはよぉ! 人のカネとケータイで課金アイテムか? ギガかぁ? 人のモノを取ったら泥棒じゃねーか、なぁ?」

「あー。オレはその、……ドキュンちゃんとやらの事はよく知らねーけど。それでも話聞く限りじゃぁ、そいつホームラン級のバカだなぁオイ。ケータイ料金なんて絶対足がつくじゃぁねーか、被害者の親には絶対怪しまれるワケだし」

 そこに更に畳み掛けたのは喬松。二人が示したのは怒臨房に対するあからさまな侮蔑と罵倒であり、美純の心情に沿った共感だった。

 だから美純は思った。確かに親に怒られる恐怖はあるが、今ここでやってしまう方がいいのかもしれない。解決に近づくなら早い方がいいだろう。

それに、怒臨房もいる寮よりも、今この部室で打ち明ける方が遥かに安全な筈だ。怒臨房が所属する吹奏楽部は今、屋外で基礎練習の最中の筈だから。

「…………わかった。貴殿の言うとおりだ。親に伝えてみる」

「よっしゃ! 流石よっすぃーだ」

「……メッセージでいいか? まずは下書きをせねば」

「通話がいいぜ、絶対。説得力が違う」


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「もしもし。あー、母さん? えっと……何というか、寮で問題が発生した、っつーか……ちょっと対人関係的な、何だろ。ちょっと同じ寮の人とイザコザみたいなもんが……」

 意を決して電話をかけたはいいが、親に対して、このぎこちなさ。メンバー内でも一番の口下手である美純、政治家の謝罪会見にも匹敵する、歯切れが悪く要領を得ない話し方だ。

 すると眞北は、彼の肩をとんとん、と叩き、ニヤリとした顔を浮かべ、俺様に代われと促した。逆らえぬまま電話を渡した美純に、ありがとなと一礼し、彼に代わって通話を始めた。

「もしもし、すいませんいきなり。よっすぃ……ずみ君のお母さんでしょうか。俺さま……僕、美純君のバンドメンバーの、眞北和寿といいます。……はい、いつも美純君にはメッチャお世話になってます!」

 普段の口調が滲み出ていてツッコミ所満載な挨拶だが、彼にしては意外すぎるくらい、礼儀正しい態度だ。

「いきなりですみませんが、落ち着いて聞いてもらえますか? 実は、美純君が同じ寮のヤツから、いじめを受けてるみたいなんです。相手は同じ寮にいる同級生のヤツ、……えぇ、そうです。ドキュ……怒臨房、流です」

 それから眞北は、美純が話した内容を簡潔に、彼の母親に伝えた。面倒ごとを押し付けられたり、悪口を言われた。スマホの使用料が不自然に上がっているのは、怒臨房に脅迫されて横取りされて使い込まれているから。それについて抵抗したら、暴力を振るわれた。語気を強めつつも、その口ぶりは冷静かつ簡潔だった。

「それと、最後にすいません。美純君、めっちゃ辛い思いしてたみたいっす。それでも、お母さんやお父さんに心配かけねぇように、ずっと独りで何とかしようとしてたんです。だから…………だから、お母さんやお父さんはずっと、美純君の味方でいてもらいたいです。どうかオナシャス!」

 電話越しに何度も深々と頭を下げるかたちで、眞北のターンは終了した。

「……ごめん、なさい。さっき友達が言ってくれたことは、本当」

 眞北から電話を返してもらい、美純は通話を仕切り直す。電話越しの母は、まだ状況を受け止められていない様子だったが、それでも我が子を案じる気持ちを伝えてくれた。

 自分の親から一方的に責められる事態にはならなさそうだと感じた美純。そのことが何よりも彼を安心させた。気持ちを鎮め会話できるようになったあたりで、通話は終了した。

「…………うん、分かった。それじゃぁ」

「……夜、話せる時間ができたらまた連絡くれって。ありがとう、本当に。マキも、タカさんも」

 助力してくれた仲間に深々と謝意を述べる美純に、いいよいいよと笑う喬松。

 だが今、この二人の興味の対象は、自画自賛のドヤ顔を浮かべているもう一人の男に向けられていた。

「おい。よっすぃーもタカもどーした? ドリアン嗅がされた猫みてーな顔しやがって」

「あのなぁ……何でそんな手慣れた様子なんだよテメーはよぉ! 色々ツッコミ所もあったがよ、ダチを助ける時のお手本みてぇな喋り方じゃぁねーか! 拍手喝采モンだっ!」

「俺も驚かされた。どうして当事者でもないのに上手く話せるのか、それから、……どうしてここまで気を遣ってくれるのか、気になる」

「ハッハー! どーだ、凄ぇだろ?」

「いやそーじゃなくて!」

「…………」

 どついてきそうな喬松のツッコミと、驚きの表情が持続している美純を前に、眞北は説明せねばなるまいなといった顔をした。

「恥ずかしながら俺様もよぉ、中学の時いじめ、っつーか……悪いヤツに騙されて面倒なことになったのよ。そん時の経験ってヤツ。まぁ一応決着はついたけど」

「え、何それ初耳」

「……聞いていいものかその話は?」

「まぁ、どこにでもあるつまんねー話だ。それより今はクソドキュンボーを何とかしようぜ」

 だが口に出したのはふんわりとした概要だけ。あっけらかんと笑いながら、眞北は話を本筋に戻そうとした。そんな顔をされればもう、喬松も美純も追究を諦めるしかなかった。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「ともかく、まずはお家の人はオッケーだ。次は……」

「先生に言う、ことになるのか?」

「もちろんだ。それと、『もっと上』にもメール送っとけ。めっちゃ騒ぎ立てる感じの文面でな」

 次は学級担任への相談。八組の担任である英洲季良(えいす きよし)は、神経質で口煩い初老の男だが、教育熱心ではあるとの評判。少なくとも被害者たる美純を責めたり、あまつさえこの出来事を隠蔽したりする人間ではない筈だ。

 同時に、自身の窮状を訴えるべきは、県の教育委員会。あまり考えたくはないが、学校の管理職が、上位組織に報告を怠る可能性もある。そうしたリスクを下げるため、窓口と思われる部署にもメールを送っておくのだ。


「ま、話すのはそのくらいで十分だろ」

「寮の人にも話した方がいいのだろうか……」

「あー。オレ的にはやめといた方がいいと思う」

 なお美純、そして怒臨房の居住する寮の人間には、喬松からの提案により、こちらからは話さないことにした。

リタイヤから数年超過していそうな老人の管理人一名に、それより更に歳を経ていそうな寮母が二名。素行の悪い男子高校生の抑止力としては不安がある。それに、会話する機会に乏しい先輩達など、まず当てにならないだろう。

そんな中、下手に寮の人間に話せば、また怒臨房を逆上させるかもしれない。学校から寮に連絡してもらう方が、まだリスクは小さいと考えられた。


「あとはとにかく、身の安全だな。抵抗し殴られるくらいなら、ギガやゲームの課金も今まで通りにさせとけ。後から慰謝料付けて返還要求すりゃいいんだし」

「あぁ、オレも極力無抵抗しかねぇと思う。あと念のため、さっきの通話履歴とか、これから教育委員会に送るメールは、後で消しといた方がいいな。人のスマホでエロ動画見るついでに、会話ログ勝手に覗き見くらいしそうだからな、そのドキュンちゃん」

「……改めて感謝申し上げます、マキも、タカさんも。じゃぁ、これから先生に話してくる」

 経験者と切れ者の徹底した力添えに、美純は改めて謝意を示し、そして部室を後にした。

 彼の脳内では既に、これから担任に打ち明ける内容も、教育委員会に訴える文面も、ざっと八割は完成していた。

 作戦や行動指針を考えるのは苦手だが、それさえ定まれば実際に行動するのは早い。夏休みの宿題も、配布されたら即、着手するタイプの美純。自分に共感してくれる存在に気付いた、そして親に話すというハードルを超えた彼に、最早足を止めるという選択肢など、ありえないのだった。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


「よっすぃー。力強く羽ばたいてゆけ、振り返らないで広い海を越えて……ふっ」

 何かを成し遂げた気分に浸りながら、眞北はスマートフォンを手に取った。

 無意識にニュースサイトを開くと、とある事件の記事が目に飛び込んだ。

一週間前、政権にも顔が効く大物文筆家が、何者かに誘拐されたのだが、その男は結局、郊外の雑木林で惨殺死体となって発見されたのだという。

犯人は今だ不明だというが、眞北が気にしたのはこの被害者の方だ。時にいじめや犯罪の被害者さえも侮辱するような、度を越した暴言癖でも知られており、正義感の強いPRAYSEのヴォーカルの女子も散々大嫌いだと主張していたのを、眞北は思い出した。

 今回自らが被害者となってしまったこの著名人に比べれば、自分ははるかにまともな精神性の持ち主だろうと眞北は思った。仲間を大事にすることや礼節については、普段は控えめで温厚な母親から厳しく躾けられてきたという自負がある。

 だが同時にそうした礼節は時に、自分の主義主張を曲げる必要があることも意味しているのだ。


「それにしてもよタカ、俺様とあろう者が、らしくねぇこと言っちまったぜ」

「ほう、どーゆうコト?」

「だって親だぞ、ってよ……」

「そっか……」

 生徒間で発生したトラブルにおいて、すべての親が最初から無条件で、我が子の味方になるとは限らない。――――部室に残る二人は、そのことを身に沁みて理解している立場の人間だった。

「つーか、すまねぇなタカ。お前んちの事情はあの場は伏せとくしかなくてよ」

「それでもああ言うしかなかったんだろ? マキちゃんの判断はきっと正しいぜ」

 喬松慧希は、家庭を顧みない両親とまともに会話ができていない。あるのはスマホでの事務的な連絡と、書類とカネのやりとりだけ。冷え切った家族関係のお手本のような状態が続いて、ざっと三年が経つ。

「……よっすぃー、泣いてたろ? 泣いてるヤツの力になれたら、俺様は正しいことしてんだって、自信持てる気がしたのよ。あんなゲス野郎と俺様は違うぞ、ってな」

「……マミーさんも誇りに思うだろうな」

 眞北和寿は母子家庭。元・父親は優秀ビジネスマンながら人格的に非常に問題のある人物。悩める息子に同情し、手を差し伸べるなどまずありえない。この男の存在は、彼が恋愛や父性というものを信じきれない原因となっている。


 それから眞北と喬松はしばらく、いつもよりもシリアスな話を続けた。

 今回はバカ一匹の単独犯だったからいい。報復の危険こそゼロではないが、少なくとも今より最悪になることはない。しかし高校生活において、今後複数人数を相手取るような面倒な事態が起きないとも限らない。ハウエバー、どんなことが起きようとも、自分達は味方同士でいよう。場合によっては女子メンバーに協力を願うのも手だし、そもそも基本的には権力を持つ大人に丸投げでもいいだろう。それにしても今日は美純の胸の内が分かったから、クサい言い方だが絆が深まった気がする。他にも色々、取り止めなく。


 ところが、そんな友との極めて真面目な語らいは突然に、ふと思い起こされた記憶により中断することとなった。というより、ある意味更にシリアスな局面に突入していった。

「ところでよぉマキちゃん」

「おお、どうした?」

「夏休みの宿題、どのくれー終わってる?」

「……今すぐよっすぃー呼び戻して答え見せてもらおうぜ」

「……忘れたか? あいつ特別進学科。オレ等普通科と宿題の内容、たぶん違う」

「アッー……」

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