Episode:2 魔法はそこにある part.3

 元号が変わって久しいこの時代、今や公立学校でも一人一台、タブレット端末が配布される。学内には無線LANも完備されているし、授業でプレゼン作成の手解きもされる。だからPRAYSEの面々が魔法について調べた成果も、手書きノートでも印刷した書類でもなく、すべて電子ファイルというかたちでまとめられたものだ。

 データ共有は程なくして終わった。全員のタブレットで、六人全員のレポートが閲覧可能、自由にメンバーの成果を見て楽しめる状態だ。

 だが、生真面目で仕切り屋気質の千里は、最初から自由時間になることを許さない。

「それじゃ、ひとりずつ概要を説明してもらいましょう。まずは……うん。一番早く終わらせたいって顔してる喬松くんから」

「オレェ? オレが最初ォ? ……ま、何とか、自分なりに、カタチにはしたけどよぉ」

 まずはちゃんとやってくるか一番心配されていた、宿題嫌いな喬松の成果。ゲーム好きな彼らしく、様々なロールプレイングゲームやシミュレーションゲーム等の魔法体系がまとめられていた。

「魔法……フッ。ならば当然、俺様の嫁、魔法少女達について語らねばなるまいッ!」

 同じく、ちゃんとやってくるかの時点で信頼の薄かった眞北。二次元美少女好きな彼は、古今東西の魔法少女について調べまくっていた。明らかに彼が生まれていない時代のレトロな作品や、彼の年齢では入手が認められていない筈の、成人向けパソコン用ソフトのキャラクターまで網羅していた。

「ごめんねちーちゃん、いざ考えてみると結構難しくて。……こんな感じで良かったかな?」

 このバンドの貴重な良心・優子が持ってきたのは、魔法をテーマに作られた楽曲の解説。ポップスに懐メロにオペラにと、様々なジャンルに触れている上、いくつかの曲は彼女が描いたイメージイラスト付きだった。

「最初はめんどかったけど、結構楽しかったかな」

 今回、最も欲望に塗れたレポートを書いてきたのが絢。内容は、とある実在人物、それも彼女が少し前から殺してやりたいと喚いていた人物を実際に殺害し、財産を奪うという目的のために、どんな魔法が必要か、どう使用すべきかを考察したシミュレーションだ。

「やはり人間は穢らわしい存在だという事が分かった……明確に殺せる相手な分、悪魔や悪霊よりはマシだが」

 真面目には取り組むだろうが方向性はブラックであろうという予測を、美純は裏切らなかった。前半は魔法使い、魔女とされた者達が受けてきた拷問・処刑の方法が満載。そして後半は、そんな末路を迎えないために、魔法を使える者はどう立ち回らねばならないかの考察だ。


 ひととおり概要説明が終わり、此処からは互いのレポートを読み込む時間。千里以外の五人は互いの成果を見せ合いながら、その手があったかだの、確かにこいつは死んでいい人間だだの、楽しげに語り合う。

「……ッッ」

 だが、眉間に皺を寄せ、唸るような小声を漏らした千里の様子に気付いてしまい、急に会話のトーンが暗くか細いものとなる。

 やっぱ藤守みたいにやるのが正解だったとかかぁ? これって皆、ふざけてるって怒られちゃうパターンかなぁ。いや、優子さんのだけは批判される謂れはない出来だと思います。おい待て美澄、あたしもマジに考えたし。いや俺らやるだけのことはやったしなぁ、逃げる準備体操でも今からしとこうぜ。……そんな小声の混合物が、千里の耳にも僅かに届く。


「……………………」

 違う、逆だ。

 五人とも、『魔法』という現実離れした言葉について、よく調べてくれていた。千里が予想していた以上の成果を上げてくれていたのだ。

 実は一番整理された出来なのが、喬松のレポート。ゲームが違えば魔法の特長や傾向も違うことを、データや彼自身のプレイ経験を元に、分かりやすく比較検証している。

 眞北の成果は熱量が段違い、故にページ数も段違い。深夜番組のテンションでまくし立てるような文体は、読んでいると魔法少女たちのことが不思議と気になる、そんな奇妙な勢いに満ちている。

 優子はまず、イラスト付きというのが予想外。しかも絵心のない千里からしたら、非常に上手く描けている。無駄のない文章とも相まって、ちょっとした解説系の同人誌にすら思えてくる。

 目的の是非はさておき、魔法の使い方について絢は真剣に考察している。そして彼女のレポートを読んでいると、まるで小説のプロットを見せてもらっているような、不思議な高揚感を覚える。

 残虐な史実と、魔法に対する辛辣な言葉が目立つ美純の文章。しかし読み進めていくと、魔法という概念が持つ哀しみを、しっかりとした倫理観で語っているのが理解できる。

「みんな……凄いよ……ありがと……」

 沈黙を切り開くために、まず千里が選んだ言葉は、称賛と感謝。彼女等彼等の成果を目の当たりにして湧き上がってくるのは、驚き、感動、そして……

「ここまで……私なんかの思い付きでさ……」

 聴き取ってほしいとなんて意識していない、自転車のタイヤの亀裂から漏れる空気のような呟き。誰の目にもマイナスに感情なのは明らかだろう。

 そう、千里は、自分が惨めだった。そして、悔しかった。

 自分達の音楽のこれからに関わる以上、自分が一番しっかりしなければならないと、寝る間も惜しんで一日何時間もかけた成果といえば、何の工夫もない、殺風景な文字だらけの、あまりにも普通の調べ物。言い出しっぺの自分が、一番印象に残る成果を挙げられていない気がしている。

 現に、皆の資料を読みながら聞き耳を立てていると、千里のレポートに対する反応は、他と比べて面白いものでは無さそうだった。凄い、真面目だ、きっちり調べてある、……そんなお世辞みたいな言葉ばかりで、他のレポートを読んでいる時の驚きや、楽しげな表情は見られなかったように感じた。

 魔法という非現実的なモノを追究するには、普通の勉強と同じように考えてはいけなかったのか。心の赴くままに、自由に突き詰め表現することが正しかったというのか。ならば自分はどうアプローチすればよかったのか。別に思い入れがあるワケでもない浮世離れした言葉に、何を感じて何処に心血注ぐのが正解だったのか。

 考えれば考えるだけ、自分が惨めでしょうがない。悔しさが止まらない。何も悪くないばかりか、千里の要求に応えてくれただけの五人が、下手すれば憎らしく思えてくるくらいだ。それこそ、ようやく火を起こせるようになった新米魔術師の目の前で、同期の者達がそれを嘲笑うように、大波や猛吹雪の発生を見せつけてきたかのような。


――――もう、耐えられない。


「……ごめん。ちょっと外すねッ!」

 言い終わるが早いか、千里はがたりと席を立った。

 仲間達が驚く様子を認識することなく足を踏み出し、その勢い任せに扉を開けた。

 少し遅れてガタ、ガタッと椅子が鳴る音など無視して、部室を飛び出し、平時ならまず走らない廊下を全力で走った。突然の行動に戸惑う声や、ヤロー共は此処にいなッ、という大声などから、いち早く逃げ出したかった。

独りになりたい、独りになりたい、独りになりたい。ただその一心で、体力測定でも出さなかったスピードと身のこなしで、自分の靴箱を経由し、校舎外へと飛び出した。落涙しながら、涙を拭うことも忘れながら――――

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