Episode:2 魔法はそこにある part.1

「テーマは……魔法であります」

 少しガラの悪そうな風貌の男子生徒が真面目ぶった顔で、A4用紙に書かれた漢字二文字を読み上げ、同室にいる五人の男女に提示する。

 新元号発表のモノマネでも意識したのか、わざとらしい振る舞いに呆れつつも、発表されたテーマ自体に物言いする者はいない。一応は全員が同意した正式な決め方、故に結果は絶対だ。たとえそれが、『各人が考えた選択肢をひとつずつ紙に書いた後、それらをシャッフルし、すべて紙飛行機にして一斉に飛ばして、一番遠くまで飛んだものを採用する』という、子供の遊び同然の決め方であったとしても、だ。


 魔法かぁ……と腕を組み溜息をつく、キツめな顔立ちの女子。

 ひとまず片付けなきゃねと席を立ち、惜しくも落選した候補を拾い集めようとする眼鏡の女子に、それに続く陰気そうな男子。

 読み上げた男子は、なるほど俺様好みのキーワードだと、意味もなく傲慢な笑顔を浮かべている。

 そして椅子にふんぞり返った長身の男子が、軽薄そうな口ぶりで問いかける。

「えーっと……つまり、これから千里さんが魔法だかなんだかをテーマに歌を作るってワケぇ?」

 質問した男子の他人事のような態度はいつものことだ。気にする程ではない。だが問題は彼を含め、この部屋にいる人間の何人かが、自分達がこれから何をするのか理解していない可能性があることだ。

 今一度、全員に向けてはっきりさせておく必要があるだろう……此処にいる六人のまとめ役、ボブカットの真面目そうな女子が、回答する。

「じゃあ、もう一回確認するね。まずウチらそれぞれで、今決まったテーマ『魔法』について一週間調べる。勿論、喬松君もだよ。で、調べた結果を集めて、今回は私、藤守千里がオリジナル曲を作詞作曲編曲する! いいね?」


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 とある県庁所在地の郊外、住宅地に隣接する県立高等学校。

 少子化や他校との競合のためか、全盛期とされた四半世紀前程の進学実績は無いものの、それでも大人たちの意識の中では、県内有数の進学校として知られている。

 また、近年では勉学のみならず、ダンス部等の創設や、音楽や芸術といった文化活動全般を奨励してもいる。

 しかし勉学第一、保守的で規律に厳しい校風は設立当初からあまり変わっておらず、文化活動に積極的な生徒の数は多くはない。こうした文化活動の奨励自体、単なる生徒へのガス抜きではないかと揶揄されることすらある。

 加えて少子化のせいか、校内にある部室棟には、空き部屋がいくつも存在している。そのため、たとえ結成したての初心者バンド、それも一ヶ月前に楽器を買いました、今日からちゃんと練習します、というレベルの集まりですら、部室を得ることができる状態だ。

 そう、今正に、とある部室でダベっている一年生六人、駆け出しバンド『PRAYSE』のように。


「あのさぁ。私達ってさ、PRAYSEを結成して一体、何をやってきたのかな?」

 十月の第一月曜日の放課後。緩い空気と時間の流れにメスを入れるように、女子生徒が同室の五人に問いかける。名前は藤守千里。この部室にいるメンバーのリーダー。担当楽器はキーボードだ。

「…………っ」

 彼女の言葉に、それまでのざわつきが僅か一秒で消失する。宿題の答えを他人から丸写しし、ノートに人気漫画のキャラクターの落書きをし、古い音楽雑誌のネタ記事にニヤつき、『絶望 亡国政治犯収容所』とかいうタイトルの本を熟読し、そしてスマートフォンに表示された醜悪な内容のニュースに対し、死ねとか殺したいとか悪態をついていた者共の視線が、千里に集中する。彼女等彼等の表情は皆、正に大なり小なり痛いところを突かれたといった感じで、青冷め、沈黙している。


 課外授業だらけで名ばかりの夏休みが始まった七月に、お調子者な男子の強引な勧誘が引き金となって結成されたバンド、PRAYSE。

 だが、結成してから今日までの約三か月間は、努力とか頑張りとかとは殆ど無縁な時間だったように、誰からの目にも見えたことだろう。

 それに、学生バンドからしてみれば目標のひとつとなる九月の文化祭でも、たった三枠のライブ出場権を得る抽選の場に、上がることすらできなかった。

 つまり、彼等PRAYSEには、バンドとしての経験や実績は、何も無いも同然なのだ。


「ねぇ、何をやってきたんだろ、私達」

 ダメ押しに、もう一度同じ質問。千里が求めているのは沈黙ではない。己のこれまでの所業を、声に出して振り返ってもらうことだ。

 すると彼女の期待のとおり、ひとり、またひとりと、返事が返ってくる。

「……コピーは色々やってきたよね、まぁなかなか上手く形になんないけど。っていうか防音室、週イチしか使えないのが痛過ぎ。この学校、文化奨励なんて口ばっかり」

 眼光鋭い女子、鷺沢絢は、バンドの主役たるヴォーカル。自身の美学、正義感に拘る性格で、クラスメイトや教師との衝突も多い。

 PRAYSEも含めた校内にあるいくつかの音楽サークルそれぞれには、防音室での練習時間は平等に割り当てられている。それなのにこの絢は、彼女等がこれまでまともにコピーできた楽曲は一、二曲程度な現状を、練習時間の短さのせいにしている。それよりも、時間の使い方を見直し、また自分達の実力の程を理解して、個人練習等にも力を入れた方がいいのではないかと、千里は考える。

「こうして集まって話をするだけでも十分でしょ。結成の時に提出した申請書の活動目的にも書いてんでしょ? 音楽の研究、って。だから俺らしっかり活動してるって言えんじゃね?」

 元々は社交ダンス部との掛け持ちでバンドに加入した喬松慧希は、ドラム担当。大雑把で面倒くさがり、テキトーな言動の割に頭の回転は良く、時に口達者な面も見せる。ちなみにダンス部は、今は退部済みだ。

 しかし、彼の言葉は詭弁に過ぎないことを、千里は知っている。部室内談義のうち音楽についての話題は、全体の三、四割程度。残りはというと……その分を自学自習に回した方が遥かに有意義といえる、音楽への関連性も何も無い、単なる雑談だということを、彼以上に把握している。

「わたしは何時も楽しいよ? アーティストのライブモノマネとか大好き。やっぱりあやちゃんが一番上手いよね、さすがヴォーカルだね」

 大柄でふんわりした雰囲気の眼鏡女子、香坂優子。高校入学後にエレキ・アコギ両方を始めた初心者ギタリスト。名は体を表すとばかりに心優しい性格で、気配りのできるお母さん気質。一方で他人にあまり強く出られず、周囲に流されてしまいがち。

 そんな性格だから、このバンドの弛んだ雰囲気にはノーとは言えないのだろう。いや、彼女自身、この弛んだ雰囲気を、心から楽しんでいるようにも思える。

「情報収集は毎日やっている。例えばこの本とか。曲作りのネタや、音楽に関する欲望の根源となる情報は、俺等の餌も同然だ」

 読んでいた陰惨な内容の本のタイトルを見せ、堅苦しい言葉を呟く、端正だが暗そうな顔立ちの男子、ベース担当の美純螢。県内から優等生が集まる特別進学科所属なだけあり、成績はメンバー六人中トップ。だが自分から壁を作っているかのような、捻くれた刺々しい性格をしている。そして楽器は全くの初心者だ。

 そんな彼の言う情報収集とは、危険生物、拷問に処刑、独裁政権、自殺の方法、武器兵器、その他色々……要は、暗い内容の書物を読み漁ること。なお、そうして脳内に蓄積してきたブラックな知識の数々を、彼自身が音楽を作るネタとして活用したことは、これまで一度もない。

「シングルにアルバムにどんな曲を収録するか、どんな衣装で売り出すか、これからの音楽活動をとことんまで考案したな……俺様には見えるぜ、目を閉じれば最強バンド、PRAYSEの快進撃が……!」

 リードギター担当、眞北和寿。カッコつけのお調子者で、このバンドPRAYSEの言い出しっぺ。それなりにギターの腕前はあり、何より周囲を巻き込む勢いに溢れた性格のため、千里と並んでバンドの中心人物ではある。

 しかし今までのところ、彼の情熱は自分達のバンド活動よりも、痛い妄想に注がれている。例えばこのPRAYSEがもしメジャーデビューしたら、どんな曲をリリースし、どんなライブを開催し、どんな番組に出演してどんな活躍をするかといったものだ。

彼には悪いが、その妄想が現実になる見込みは、ゼロだ。


 全員大なり小なり、これまでの己の所業を肯定したい、正当化したいという気持ちが目に見えている。そして千里は、そんな気持ちを責めるつもりはない。むしろこれから話す内容のことを考えれば、彼女等彼等を責めて萎縮させるだなんて、とんでもない。

「しかしよぉ、どうしたんだ藤守いきなり?」

 今度は逆に、眞北が千里に問いかける。お前も俺様達と一緒に楽しんでいただろう、そう言いたげな心理が滲んでいる。他の四人の目線も似たような心理に違いない。だが、そうした反応は想定内だ。

「うん、私もこの部屋のゆるーい雰囲気、すごく楽しんでた。人気アーティストになったつもりで、ありもしないラジオ番組収録ごっこしたりとか、正直、ものっすごーく楽しかった」

 そうだ、皆が千里に抱いた思いは正しく、千里にとっての図星でもある。リーダーとされていながら、自分ものんべんだらりとした居心地のよい空気に毒され、漫然と時間を消費してきたことは、事実。それをしっかり自覚しているから、千里の返答は震えることはない。

「もちろん、これまで通り遊んで楽しんだっていいとは思うけどね。だけど本筋の音楽同好会としてさ、音楽についてちょっと冒険してみたら、もっと面白くなりそうじゃない?」

 更に。今までを頭ごなしに否定するのではなく、今までより魅力的なモノを提示する。これも相手を動かす手段だ。結成して三ヶ月もすれば、特定の相手になら通用する話術も、流石に覚えてしまう。

「つまり? チサト、あんた何考えてる?」

 千里の腹に何かあるなと睨んだ絢の問いかけ。同じく勿体ぶるなよと言いたげなメンバーの顔。対する千里はその回答……彼女が昨夜、一晩かけて考えた計画を、声高に謳う。


「オリジナル曲を作ろう!」


 千里のその言葉は全員に、少なからぬ驚きを与えた。

「マ、ジ、か……」

「おいおいおいおいなぁなぁなぁなぁ。無茶じゃねぇそれ? オレたちでイケっかなぁ?」

「どーしよ、わたし作曲とかしたこともないし……みんなもそうだよね?」

「傲慢な歌劇王。過去の醜悪な犯罪行為を武勇伝として語った音楽家。下衆な浮気性のバンドマン。奴等みたいにはなりたくないがしかし……」

 驚きの表情の後にやってくるのは当然、戸惑いの声。既存曲のコピーならまだしも、自分達で独自の曲を作るなど、彼等にとっては現実感の無い話に思えているようだった。

「うん、無茶だって思うだろうね……けど、多分、今の私達がちょっと無茶って思えるくらいのことに取り組んだら、きっとこれからを楽しめる気がしてるの」

 だがそれでも千里は揺るがない。彼女の人物評が間違いでなければ、この中から最低でも一人は、彼女の計画に食い付いてくる筈だ。

「眞北君も結成した時言ってたでしょう?高校生活が一生の思い出に残るくらい楽しい時間を過ごしたい、って。それを叶えるために、やってみる価値、あるんじゃない?」

「っ! ……ほーう、成程な。気に入った。そしたら曲作りはどーする? 俺様の出番かな?」

 計画通り、まずは第一段階クリア。眞北和寿という男が賛同するというのが重要だ。声の大きい奴がこちら側にいれば、他の者も、最低でも話は聞いてみようかという流れになるからだ。


 さて、重要なのはここから。眞北には悪いが、ここからの話題の主導権は、握らせない。

「ありがとう。だけど、これからの流れについても考えてあるの。眞北君も、皆も、聞いて貰える?」

 最初に創り上げる曲は、制作段階から六人がきちんと関わったものにするつもりだと、千里は考えていた。

 だが、問題はこのバンド内の音楽レベル。絢はカラオケが多少上手い程度。眞北はギターはそれなりに弾けるが、バンド経験は無い。優子に美純に喬松に至ってはつい最近、担当パートを始めたばかりの初心者だ。家庭環境の理由から、音楽に関しては相応の知識がある千里と同等以上のレベルの者は、此処にはいない。

だから今回は、千里ひとりで作詞作曲編曲を手掛ける。その方が効率がいいと判断した。

 その上で、重要としたいのはその前段階。曲のテーマをひとつ決めて、そのテーマを六人それぞれ、徹底して調べ上げる。その調べ上げた結果を千里が集約し、曲として仕上げていく。これならば、曲を作る前の段階から、オリジナル曲を作るという意思を強く固めつつ、それぞれの個性、表現したいことを明確に出来るだろう。全員が、制作に関わったと誇れるだろう。


「おっけ。やっぱ一番音楽知ってんのはチサトだからね、まずはあんたが主体になってくれるのがいいと思う」

 千里が示した流れにまず賛成してくれたのは絢。優子は任せっきりになるみたいでごめんねと言いつつも、にっこり返してくれた。喬松はやれやれと呟きつつ悪い顔はしていないし、美純も同意はしてくれそうだ。自分でも回りくどいことを提案したとは思うが、千里がやりたい流れは、ちゃんと伝わったようだ。

「リーダーがそう言うならば従うとしよう、俺様も今後のため、学ばせてもらいたいからな」

 それに眞北も千里の提案に賛成だ。今後、彼に曲作りを任せて良いかどうかは、また別の話だが。


「となると、テーマをどうするかだけど……」

さて、優子の言う通り、早速次の問題にぶち当たる。

 曲自体は千里が作るにしても、その曲の根幹ばかりは、全員の同意の下で決定したいと考えている。相応に時間はかかるだろうが、やはりまずじっくり話し合いをしたいと――――

「皆、私にいい考えがある。全員これから紙に何かひとつ言葉を書いて、それを紙飛行機にした後、シャッフルしてひとりひとつずつ飛ばす。一番遠く飛んだやつで決まりだ。他のは開かず、すぐに潔く処分する。公平だろ?」

「いいね、ちょっと面白そう」

「あーそれでいいや」

「まどろっこしいのはあんまり好きじゃない、それで早く決めよっ」

「某国のような泥沼内戦、民間人同士による血で血を争う虐殺。そんな事態は避けたい。その提案、相応に現実的といえる」

 平和的過ぎる奴、テキトーな奴、結果を急ぎがちな奴、小難しくて暗い事を言っているが要は何も思いつかなかった奴。そんな奴等が、声の大きい奴の過激な意見に飲み込まれてしまった。

「…………」

 かといって、此処で真面目な話し合いを提案しようとも、今の時勢をひっくり返すだけのカードが、千里の手中には見当たらない。

 まぁ、オリジナル曲を作るという、大きな目的の同意は得られたのだし、テーマの決め方については、無言という名の同意を示すほかなかった。そして民主主義の難しさを、なんだか垣間見た気がした。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 結局、眞北の提案で実施した紙飛行機くじの結果、キーワードは『魔法』に決定。発案者が名乗り出ることはなかったし、他の候補を出した者の反対意見もない、理想的な全会一致だ。

「じゃあ皆。自由に、真剣に、研究しましょう。誰が欠けるのも、私は嫌だからね?」

 念のため、リーダーとして千里が釘を刺し、それで本日のサークル活動は解散となった。

 そしてこれから、自主研究の時間が始まる。期限は一週間後。それぞれの研究の成果をまとめて、資料を提示し発表し合うことになる。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 皆が部室を去った後、最後に施錠しようとする千里の手が、ふと止まる。

「……ちゃんと、捨ててきてくれたのかな」

 明日は燃えるゴミの日。不採用の紙飛行機くじも一緒にゴミ袋に入れられ、ジャンケンで負けた眞北の手で、一足先にゴミ置場に持っていかれた。

 彼は自分で言った通り、ちゃんと処分したのだろうか。それともこっそり、不採用候補を覗き見しているのだろうか。千里が書いた『命』という言葉も含め。

「……まぁ、いっか」

 採用された『魔法』以外の候補も気になるといえば気になるし、部長権限で自分がゴミ捨てに行ってもよかったのだが、今更見たところで『魔法』という結果が覆るワケでもない。

 それに筆跡からして、誰が書いたかは千里には見当がついている。この非日常的だがマトモな言葉を変更する必要性は、きっとメンバーの誰も感じていない筈だ。

 さて、この非日常そのものといっていい言葉を、どこまで突き詰めようか。誰かに与えられたテーマではあるが、これを元に自分好みに作り上げるのは、決して困難ではない筈だが。

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