Episode:1 トラスト・ナンバー1 part.8
「なぁ、お前らのバンドよぉ〜。随分とふざけて暴れたみてぇじゃねぇか」
「……同好会規定の範囲内の活動だ。別にどうでもいいだろ」
「ああ? お前調子乗ってねぇ?」
「……ごめん」
「ふん」
ひとりの少女の涙を受けて尚、黒王夏来は何一つ反省せず、美純に絡んできた。素直に折れた相手に興が削がれたのか、それ以上は追及はしなかったものの、この男の言動は、美純に不快感を齎すには十分すぎるものだった。
もっとも今回、黒王や他の誰かに揶揄われても仕方のないことをしたのは、美純達の側だったのだが。
「知ってた? あの香坂がヴィジュアル系バンドやってるんだってさぁ! 普段は良い子ぶってるクセに音楽室で乱痴気騒ぎやってたんだって!」
「おったまげたな喬松、あんな感じの音楽が好きだったんだ。超ぶったまげ。何か信じられねぇなぁ」
美純だけではない。優子も噂好きのクラスメイトから同じように揶揄われたし、喬松のクラスでも少し話題になった様子だ。
そう、PRAYSEによる例の『問題作』の音合わせは、少なくない生徒や教職員の知るところとなっていた。
あの日の練習の終盤、誰からともなく、大音量・強烈な歪みサウンドとなるよう、アンプやエフェクターのツマミを回してしまった。故に、音楽室がある棟内では、少なくとも何かヤバい騒ぎを起こしていることが明らかな状態になっていた。しっかりとした防音設備も、六人の気狂い沙汰を隠蔽することはできなかったのだ。
非常識な宴を怖がってかそれとも面白がってか、あの場で直接、六人を止める者はいなかった。だが結局は、名も知らぬ誰かが問題視したのだろう。後から教員に相談したり、または同級生に言いふらした結果が、今の彼等彼女等の置かれた状況というわけだ。
「使用許可という言葉は、自由に使っていい、という意味ではない。たとえ使用規約に書いていないことでも、周りを驚かせたり、ましてや不快にさせるような使い方をしてはいけない」
「……はい」
さて、六人の中で最も辛い立場となったのが千里。リーダーという立場故、翌日、主任教諭の馬場留生(ばば とめお)から呼び出しを喰らい、謝罪する羽目になったのだ。
勿論、ただ平謝りするだけではない。リーダーとして、少しでも弁明を行う必要があった。
千里は『誰からともなく激しめな曲に挑戦してみようという話に始まり、いざ音合わせをやってみると、普段の生活のストレス等、色々溜め込んでいることを発散させたくなってしまい、結果六人全員、暴走してしまった』という、正確ではないがもっともらしく、間違いでもない説明をした。当然、黒王が絢をネタに吐いた悪口が発端だということは、実名を晒した上で念入りに話しておいた。
結果、主任教師からは一応の赦しを得た。今回は注意のみに留めるが、今後は周囲に心配をかけるような行動は控えるようにとの御達しで済んだ。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「何か、本当にみんな、ごめんなさい……」
練習翌日の部室での集まりは、絢の深々とした謝罪から始まった。自分の我儘が皆に迷惑をかけたという現実には、流石の彼女も罪悪感に潰されていたのだ。
「いいよ。もういいんだよ。絢も誰も責任感じるのはやめよう。私だって正直少し楽しんでたし、ね」
涙すら浮かべている絢を、どうにか慰めようとする千里。他の者達もほとんどは千里と同じ思いなのだろう、誰もこの騒動の発端である絢を責める者はいない。
「気にすんな鷺沢。お前の発案のおかげで、俺様達はこの監獄みてぇな学校に伝説を作ったん――――」
「眞北君。今日一日、私はあなたの声、一切聞きたくないなぁ」
なお、空気を読まないお調子者一名の発言は、首魁が一瞬浮かべた冷酷な笑顔により、封殺された。
約一匹を除き、ここまで沈んでしまえば、集団における反省としてはもう充分だ。何も生み出しはしないであろうこの淀んだこの空気を、さっさといつもの状態に修復しなければ。リーダーとして、千里は思慮を巡らせていた。
「大丈夫。どうせ学生の噂なんて、せいぜい二週間くらいだよ」
「ははっ、そりゃあっという間だなオイ」
「時間にすれば単純計算で二四〇プラス、えっと、九六……」
まず口にした何の根拠もない一般論は、失策だった。何の慰めにもなっていないのは一目瞭然だ。
進学校であり、土曜日も午前中は授業が行われるこの学校。千里の見込み通りならば、あと十二日は嘲笑に曝されるハメになる。鈍感な喬松さえ苦笑い。繊細な優子に美純は項垂れている。絢は顔を覆い隠してしまった。あと、眞北は短い伝説だったなぁと、真逆の方向で嘆いている。
「そっ、それにさ。こういったことはきっと、私達の好きなバンド達も経験してきたことだろうから」
「…………!」
ならばこれならどうだと絞り出した言葉。その響きに少しだけ、四人の浮かない顔が上昇した。たたみかける好機だ。
「あのひと達はきっと、ただ黙って耐えてるばっかりじゃぁなかったと思う。戦ってたんだよきっと。世界に通用するような戦い方でさ……!」
更に千里はぱっと思いつく限りで、有名ミュージシャンの売れなかった時代のエピソードを語るのだった。意外な失敗談の数々や、どん底からの再起に、誰も相槌を打ち、少しずついつもの呼吸を取り戻してゆく。
「そうだ皆、いい考えがある。俺様達も次の中間テストで、答案白紙で出してやろうぜッ! 他人をバカにするしかできねぇ奴等によぉ、俺様達ゃ屈しねぇって中指立ててやるんだっ」
そんな流れの中、このバンドPRAYSEの首謀者が、現実的にいえばかなり無茶苦茶な提案をかます。一応は皆を元気付けようとしてくれたのだろう、眞北のその優しさに対し、
「マキちゃん、オレはおめーが羨ましいや」
「世界平和の近道は、全人類が貴殿のような性格に洗脳されちまうことかもしれない。世間はそれをディストピアと言うだろうが」
そう、喬松は棒読みで賞賛し、美純はサムズダウンをかますのだった。
「……チサト、ありがと」
ぷんちきぱやっぱ共の小競り合いを余所に、ようやく、絢の顔にも微笑みが戻った。
「ま、今回のことは私たちにとっても、これでおしまい、ってことでね」
「うん」
「それにもし、また許せないくらい悪いこと言われて、またこの前みたく暴れたくなったら、今度こそもっと上手い方法、一緒に考えようよ」
「そだね、うん」
千里が最優先で取り戻したかったモノは、きちんと取り戻せた。ひとまずは、千里も絢も皆も、今後も来るだろう外部からのノイズに、どうにか耐えていけそうだ。
「はわわっ! わたしきゅんときたッ。本当ふたりはラブラブなんだね」
「ユ、ウ、コ、ちゅわ〜ん? あたしらをネタに勝手に腐らないでもらえますか〜?」
更には優子も交えて、いつもに近い戯れ合いの空気が、女子達の間にも戻ってきたのだった。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
相手の気持ちを推し量る心を持たない部外者共から、いつ軽口を叩かれるかわからない状態に自ら陥る結果となった、PRAYSE伝説の練習。それは、千里の見込みよりも遥かに早い一週間足らずで、誰も話題にしなくなった。
校内で悪ふざけしたどこかのお調子者集団なんかより、例年より早く到来した二学期の中間考査の方が、学生にとっては重要だったからだ。
(終)
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