Episode:0 ビギニングが迷走 part.7

 火曜の放課後。本来は翌日水曜に、バンド名を決める話し合いを、談話室で行う予定だったのだが、少し事情が変わった。

 というのも、6人全員の靴箱に、手紙のように丁寧に折り畳まれたコピー用紙が入っていたのだ。開いてみると皆一様に『PRAYSE』という文字が印刷されており、自分達のことを知る何者か……というより、自分達の中の誰かの仕業が疑われたため、眞北と千里の音頭で、こうして前倒しで談話室に集まったのだ。


「一体誰がμ'sののんたんみてぇな洒落たマネをしたのかねぇ。ま、オレじゃぁねーけど」

「少なくとも俺様達の敵ではねーみてぇだな。敵だったらヘルデランスの毒を塗った剃刀を手紙の中に仕込んでる筈だッッ」

「見事に文字だけ書かれてるね、しかも皆同じ紙。あと、ラブレターとか折る時にやる折り方だね」

「綴りのみで判断するならば、祈りを意味するprayと、賛美を意味するpraiseを融合させていると思われる……」

「誰かアルミ粉末とか持ってねーの? 指紋採取に使うアレ」

 決して悪感情ではないが、怪訝な顔をしている一同。そこをまとめるのは、議長が座るべき位置に座っている、リーダーの千里だ。

「まぁいいよ、今は誰の仕業か探したって仕方ないよ。そんなことより……」

 そう言うと千里は一呼吸置いた後、朝からこの謎のメッセージを見て、今まで抱いていた、ある考えを皆に告げるのだった。

「私は、この言葉、バンド名としていいと思った。響きも綺麗だし、下手にブラックに走ってもいないし」

 すると、次々とそれに同調する声が湧いて出てきた。

「わたしも賛成だよ。祈りと賛美としての音楽、ちょっとドキッとしちゃった」

「ふっ、俺様達が奏でる音楽こそに神を見出すというワケか……ッ」

「……異議は、無い」

「ダークなのばっかりに拘る必要ないからね、いいんじゃない?」

「あー、いいじゃんいいじゃんPRAYSEで」

 これはある種の天啓か。とんとん拍子に事が進んでいて、かつ落とし穴でもありそうな不穏さも、誰も感じている様子はない。

「じゃあ、私達のバンド名、PRAYSEでいいかな?」

「いいとも!!!!!」

 ともかく此処に、バンド名に関して、6人全員の意思が統一された。これで問題なく、音楽活動の申請が行えるのだ。


「しっかし負けたわー。オレのDEMIFIENDとか絶対勝てねー」

 すると突然、何処か棒読みな口調で喬松がのたまう。そしてすかさず、他の者達もわざとらしく口を開く。

「私のESTRELLAなんて足元にも及ばないね」

「あーあ! あたしもD-MOONとか考えてたんだけど完全敗北だわーっ!」

「俺様の全身全霊、兇縁(キョウエン)、破れたり……ッッ」

「???」

 だが1人だけ、他がどうした意図で言葉を放ち始めたのかすぐには理解できず、反応が遅れ、そしてキョロキョロと他を見回す挙動を取ってしまった人間がいた。一年八組の美純螢君だ。

「ははっ、バレちゃったみたいだね。ちなみにわたしはSeui'sって考えてたよ」

 そして優子からの微笑みと、4人からのニヤリとした視線を受け、バツが悪そうに俯き沈黙するが、黙っていても仕方がないと思い直してか、自分が考えた言葉であることを認めた。

「……やられた。そう、俺の犯行」


 事の経緯についてはこうだ。昨日のカラオケで、皆と自分との間に如何ともし難い力量差を感じてしまい、何かで貢献しなければいけないと勝手に考え、睡眠時間を削ってあれこれ考えたのだそうだ。

 全会一致で決定したネーミング。語られた経緯からしてみれば、取り下げる理由はない。むしろ、しっかり考えてくれてありがとうと、他5名は思ったくらいだった。

 そして、あんただったとは意外だなぁとか、もっとブラックな名前考えてきそうなキャラだと思ってたとか、更には……冷酷非情な闇人形にも祈り讃える善性があったのかだの、美純は色々言われた。

 余談だが、カラオケ中に美純が落涙して席を立った理由は、歌唱力の実力差は関係無く、あまりに楽しくてこんな幸せがあってよいのかという嬉し泣き、だったらしい。

 加えて、優子だけは内心、美純がバンド名を思い付いた所以が、昨日カラオケで自分が歌った曲の歌詞からではないかとも考えていた。ただ確証が持てないし、わざわざ此処で問い詰めることでもないので、またの機会に質問しようと思ったようだ。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



「じゃぁ折角だしよぉ、結成の儀、いっとくか」

 眞北に促されるままに皆、円を描くように立ち、伸ばした右手のピースサインを連結させ、描くはヘキサグラム、則ち六芒星。

 眞北に喬松、絢は大好きであり、千里も視聴済、優子と美純もタイトルは知っているスクールアイドルアニメの丸パクリ儀式だが、誰も反対する者はいない。


「1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

 絢、眞北、優子、千里、美純、喬松。一般的なバンドスコアにおいて上から記載される順番、それが誰からともなく決まった、公式部員ナンバー。


「さぁ、チサト」

「うん」

 そして絢に促され、千里がバンド名を口にし、其処に全員で一斉に掛け声を上げる――――


PRAYSE……

「覚醒!」

「受肉!」

「始動!」

「結成!」

「胚胎!」

「爆誕!」


 ――――ドンピシャのタイミングで、誰1人として一致していないシャウト。


「まともに始めなさいよぉ!!」


 反射的にかまされたリーダーのツッコミに、詰めが甘かったこと、直前に確認するという行為の重要性に、ようやく他の皆が気付いた。

 結局、千里の再度の取りまとめにより執り行われた、『PRAYSE結成』という掛け声のやりなおしが、彼女等彼等のはじまりになった。


(終)

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