Episode:0 ビギニングが迷走 part.6
月曜放課後、午後一時過ぎ。
市内中心部から少し離れた住宅街に位置するカラオケ店。夏休みシーズンということで若干割高にはなっているが、それでもドリンクバー月、十九時までのフリータイムとしてはなかなかに良心的な価格で、歌唱を楽しめる憩いの場だ。
6名の使用で丁度良い広さの室内には、中型のモニターの他、短焦点プロジェクターを配備。長テーブルを囲んで配置されたソファに腰掛け、誰からともなく、簡単にしかし真面目に律儀に、自己紹介を行う。
初めての会合が、カラオケ。2、3人はこの日が初対面の異性がいる関係上、大なり小なり緊張の色は隠せない様子だ。
だが、すべての元凶・眞北和寿。初対面な人間が1人だけのこの男だけは、緊張とは無縁。いや、本当は緊張はしているのだが、主催であり元凶として、堂々としていなければならないことは理解している様子だ。
「ありがとう、皆よく集まってくれた。さて、ルールはふたつだ。社会常識を守ること、そして周りには一切忖度せず、自分の歌いたい曲を歌うことだ……以上ッッ」
彼なりに、誰もを気遣っての発言ではある様子だ。同時に、今すぐに開始したくて仕方ない顔をしている。ともかく、初顔合わせのカラオケ会、始まりだ。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「おっけ。まずはあたしから歌わせていただくよ、『Un Deux』!」
そんな眞北に応えようと少し思ったのか、まずはヴォーカルを務める絢が、今なお緊張に満ちた空間をぶち破るため、率先して歌う。
兎に角この日はV系特化。アーティストのレパートリーは最も豊富な上、声色やクセを他の面子よりもきちんと使い分けているし、ある程度デスボイスも可能。まるで憑依芸人、実は元・演劇部ではないかとの疑惑も出てきた。
ちなみに歌い手としての基盤は、中学時代に母親の勧めで少し加入していた地元合唱グループで学んだ知識と、あとネット動画のボイトレ講座。個別のトレーニングは未経験とのこと。
「知ってたら飛べッ! 知らなくてもとりあえず飛んどけェッ! 『X』〜ッッ!!」
続く眞北も、同じV系特化。音程は安定しておらず、リズムも走ったりもたったりしがち。だが声の質から、シャウトやデスボイスだけなら絢よりも適正がありそうにも映る。喉の負担を度外視するかのような過激な曲を、絢に対抗するかのように入れまくる。
あと、やたらとナルシストな挙動が目立つ。身内だけで眺めている分には面白いのだが、公共の場でのカラオケ大会とかでは他人のフリをしたい、そんな感じ。なお本人曰く、これでもまだ抑えている方らしい。主に選曲の意味で。
「えっと、『祈りにも似た美しい世界』。結構なマニアックどころいかせていただくね」
優子は歌唱力は可も無く不可も無くだが、声の質は女性陣の中では最も甲高く、少女的なトーン。
V系の知識もある彼女だが、今日はそのV系は皆に譲るよとばかりに、自身が歌いたい女声曲を優先していた。他の面子の誰も知らないような、インディーズや同人音楽からの選曲も少なくない。その上で、聴き手を惹きつける魅力的な歌詞や旋律を選んでいたりと、退屈させることはない。あと、何故か彼女が歌った後、美純が何故か泣き出し、少し席を外す場面があった。
「『空へ…』。本当、こういうアニメこそ今やってほしいよ」
実は音程のみでいえば、絢よりも千里の方が正確だったりしている。彼女もまた、V系曲は他に譲ると主張し、アニソンを中心に熱唱。
だが、トラウマ展開で知られる作品の曲や、泣かせにかかる曲だったりと、やたらと聴き手の精神に干渉してくる選曲だらけ。かと思えば女児向けアニメやギャグアニメを熱唱したりと、妙にカオス。絢曰く、男子の目も気にせずこうした選曲をするのは、千里が今、意外とストレス溜めているからかもしれないから注意しろ、とのこと。
「これならいけるかも。ちょっと試してみる……『RECALL』」
美純は歌うこと自体が不慣れな様子。まぁ能動的に音楽に触れた経験のない、カラオケに行く機会に乏しい人ならばそんなものだし、別に誰も気にしていない。寧ろ、色々マニアックな曲に精通しているあたりが好印象を与えていた。それに眞北が入れた曲中の英語のナレーションに割り込んだりと、意外なノリの良さを見せてもいた。あと、向かい合わせに座っていた優子から、これ歌ってみて、と勧められた曲を、素直に歌ってもいた。
ちなみにベースは、週末に注文済み。今週中には納品できるらしい。
「皆知ってんでしょ、『Melty Love』。一時代築いた曲だし』
対して、同じく音楽初心者の筈の喬松は、器用に卒なく歌いこなしていた。V系が歌うアニソンやドラマのタイアップ曲を中心に、面子の中では最も一般受けを意識したようなレパートリーだが、その分、皆が気軽に盛り上がれた。
かと思えば特撮、しかも直撃世代でない筈の、中には親世代の更に上の作品を映像付きで入力したりも。曰く、今日のコンセプトでなければ歌うことはなかったという選曲だが、特に、絢と美純が喜んでいるようだった。
ちなみに、予算がついたらしく、家庭用の電子ドラムを買ってもらえることになったらしい。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
かの天才科学者が子供向けに相対性について語ったように、真っ赤な暖炉に焼かれる時間は長いが、可憐な少女と楽しく遊ぶ時間は、一瞬。気がつけば残り時間、約二十分弱。十周くらいしたところで、ついに、ついに千里がある話題について、口を開いた。
「えーっと。ここまで全員楽しんできたと思いますが。肝心なことをそろそろはっきりさせておこうと思います」
その言葉の意図するところに、残り5人が一様に、絶句した。カラオケ大会開始以来初めて、予約が入っていない際に流れるアーティストの宣伝番組が、流れた。
「ははっ、どうにも楽しみすぎて皆頭から抜けちゃってたんだね。私もではあるけど」
尤も、それは千里も同じ。だがそれはそれとして、軌道修正はせねばなるまい。平易な言葉で、全員が揃っている中ではっきりさせておきたい質問をぶつけた。
「皆、バンドはやってみたい? ここにいるメンバーで、いけそう? 正直な気持ちを聞かせてほしい」
「……あたしは、バンド始めてみる価値あるって思った。ここにいる6人でさ」
「わたしも賛成だよ。皆が何が好きかが分かったし、趣味は通じ合えそうだし」
まずは絢が、続いて優子が賛成する。
「ま、楽しくやれんじゃね? まずは始めてみましょうや」
「…………同意する」
あまり何も考えていなさそうな喬松も、笑顔からして一応は前向きそうだ。対照的に美純は神妙な顔でこくり、と深く頷き、賛同の意を示す。
「ふん、ぬかしおる。俺様が語るまでもない。この空間の波動が答えだッ!」
そして眞北は偉そうにふんぞり返って宣うが、絢と千里に睨まれ、
「お、おぅ……当然、賛成だッ」
……と、はっきりと言葉で賛成するのだった。
「よかった。私も、バンド組めたら面白そうかも、って思った。皆、これからよろしくお願いします」
そんな全員に、ほっとした様子で深々と頭を下げる千里に、
「こちらこそ、よろしくお願いします、リーダー」
「ククク……託したぞ、リーダー」
「藤守さんが一番音楽を知ってるし、一番のしっかり者だものね。ベストだと思うな」
「貴殿がこのバンドを左右する権限を有する代表となることに異議は無い」
「んじゃ、コンゴトモヨロシク」
そんな感じで次々と、仲間達はキミこそリーダーだと祭り上げるのだった。
「……はいはい、了解。それでは僭越ながら、今後は私が色々とりまとめをさせていただきます。色々と至らない部分もあるから、皆も協力、よろしくね」
千里自身、バンドの話を持ちかけられた際、眞北からそう言われていたし、必然的にまとめ役になるだろうとは覚悟していた。事実、絢に優子は皆を引っ張るタイプではないし、雰囲気を見る限り美純に喬松もそうだろう。そして眞北は皆を引っ張りはするが、お世辞にもきちんと統制できるキャラではない。故に、自分しかいないだろうとは考えている一方で、5人が認めてくれる事実に直面し、少し恥ずかしそうに、信託を受けるのだった。
「じゃぁ、結成を祝って乾杯するかッッ!!」
そんな眞北の提案に、皆、それぞれドリンクバーを補充しようと席を立つのだが、
「ちょっと待って!」
またもや千里の制止。自身でも、話の腰を折ってばかりかなという自覚はあるようだが、しかし理由もあった。
「バンド名……まだ決めてないよね? 確か同好会申請の時は、グループ名が必須だって規約に書いてあった」
あっ……と、またも皆の言葉が途切れる。だがこの流れを断ち切るのも無粋だと千里は判断し、すぐにある案を出した。
「じゃあこうしよう。明後日水曜に、バンド名の候補を持ち寄って、皆また学校に集まろう。でもって金曜までに決めて、私が学校側に申請する。それでいいね?」
期限を短めに、そして明確にしておくのは、全員に緊張感を持たせつつ、バンド結成という良い流れが滞るのを防ぐ意味を込めている。
すみやかに行動指針を提示することができた千里。そんな彼女を皆、やはりリーダー向きだと確信し、その案に従う意思を示すのだった。
「じゃぁ改めて、音頭を。リーダー」
「ではでは。バンド名未定だけど、まずはバンド結成を祝って……」
乾杯!!!!!!
最後は、皆が愛するバンドの超定番アンコール曲を、全員でマイクを回しあって熱唱。真面目に定刻3分前に部屋を後にした。
その後は名残惜しくも、すぐさま解散。全員高校生、アフターなどできる身分ではない。県の青少年育成条例を守るのは当然として、夕食は自宅で食べるのが何処も決まりだし、明日もまた課外がある。当然、宿題もあるのだ。
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