Episode:0 ビギニングが迷走 part.5

「見つかったぜ、Jと真矢が」

「おー、ToshiyaとShinyaが見つかったか。やるねぇ」

「此方もギターやってくれる仲間が見つかったよ」

「おぉ、流石はお前達だ! これからどうするかはさておき、何か嬉しいぜ」

 金曜の午後一時。課外は午前中で終わりのため、ようやく時間をかけて話せる時間だ。

 まずは合流するかどうかはさておき、互いの吉報を素直に褒め合う。それぞれ相手に変なプレッシャーをかけるまいと気遣ってか、この五日間はあまり言葉を交わさなかったのだが、どうにも杞憂であったようだ。


 世の中のプレイヤー達が、ライブハウスでの張り紙や、雑誌、ネットでのメンバー募集に苦労している中、こうして同志が集まった、ありえない奇跡。音楽活動を描いた数多のアニメ作品でもこうはいかないかもしれない。そんな、自分達の運の良さに感謝するとしよう。逆に何処かで不運がやぁこんにちわと顔を出しそうな気もするが、全力で考えないでおくとしよう。


 さて、問題はここから。3人とも、全員顔合わせの上で、バンドを結成するかどうかを決めるという意識は一致しているのだが――――

「初顔合わせはカラオケだ。今度の月曜放課後、午後イチでだ。部屋は俺様が確保しといた。全員必ず集合だッ」

「待て。勝手に決めんなバーカ」

「まぁまぁ鷺沢よ、仲良くなるにはどんな趣味かを知って盛り上がるのが大事だろぉ? それにはやっぱカラオケでしょ」

「カラオケってのは確かにありかも。あと私は月曜で問題ない」

「マジかチサト。つーか、実はあんた単に遊びたいだけでしょ」

「まぁね。あとは他の3人次第だけどね。こちらの1人は私から聞いておく」

「大丈夫だ、問題ない。此方は既に内諾済みだッッ」

「マジか。ま、あたしも月曜は空いてるからいいけどね。あ、言っとくけど、例えば採点とかデュエットとか、変な企画すんなよな。こっちの子はかなーりデリケートな良い子なんだし、変なマネすんじゃねーぞ」

「大丈夫だ、問題無い。こっちも1人はたぶんデリケートだ」

「デリケートじゃあない方がいるのかオイ」

――――とか何とかそんな流れで、冷静かつ客観的に見れば、話し合いを口実にした遊びの時間になることが、このとき確定した。

 ちなみに眞北が月曜を提案したのは、個人的な事情もあったし、また金曜は喬松の部活の練習、美純も週末は実家帰りという理由からでもあった。

 女子達にとっても、帰宅部の絢に千里は放課後は暇だし、優子は週末は実家かもしれない。そもそも週末は混んでいるし割高だし、突発的な親戚付き合いが発生するかもしれないし、可能ならば平日の休みの方が、都合はいいのだ。

 思ったより短い時間で、3人の話し合いは終わり。放課後はそれぞれ、女子組男子組に分かれて、RPGでいう好感度アップイベントをこなし、それからそれぞれの金曜日の夜、週末を過ごすのだ。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 普段は控えめで温和な母親が、いつもとは違いピリピリとした表情で、妹の和碧(なごみ)共々、週末の準備をするようけしかけて来た。……思い出した。明後日の日曜日、初顔合わせの前日は、よりによって法が定めた、面会の日。かつて世間的には家族であり、今尚、法律上は父として扱われる存在との。

「弗逗(どるず)......ッ」

 金銭的な利益……それこそ自分の小遣いというレベルでなく、家族のこれからの事を考えた上での利益は理解しており、他に選択肢が無いのは理解している。だが、不快感は消えない。人間を被ったナニカと関わるという、恐怖にも似た苦痛。そして、そんなナニカ無しには自分は生まれなかったし、生きていけないという、ある種のカルマ。

 同時に、バンドなんて組んでみようと思い立った発端たる存在。だが感謝の気持ちは無い。嗚呼親愛なる友よ。奴に電話越しに言われた腹立たしいにも程がある言葉が発端だとは、キミには口が裂けても言えやしないのだ。

 明日もまた、毎月のとおり耐えるしかないだろう。この国の法を無視して暴力という手段を取る意思すら、既にバキ折られてしまっている。頭脳でも弁舌でも敵わないし、何度も何度も振るった暴力ですら、常に奴には上を行かれていたくらいだ。だから大型台風とかみたいな天災のように、過ぎ去るのを待つしかない。心を無にして。自分と妹が教育を受けずに済む、その時までは。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 都会の音大に進学した兄が、夏休みで帰省しているのを除けば、ごく普通の夕食の時間。

 自分とは何時の間にか会話も少なくなっていた両親は、兄とばかり会話している。自分に回ってきた言葉といえば、最近の様子を問うだけの定型分くらいのものだった。

「ううん、何でもない。友達もそこそこできた、あとは別に普通。成績もキープしてる」

 そう、具体的な根拠なんて一切示してはいないが、きっぱり言い切ることで対処。そして食事が終わればいそいそと入浴し、寝る準備をし、シンセサイザーにパソコンが配備された自室に閉じこもる。

 バンド組もうかどうかという話が出てきていることは、家族には匂わせすらしない。音楽に深く関わる職業に就いている両親と、それに続こうとする兄。ただの楽しむためだけのバンド結成など、いい顔はされないに決まっている。

 だが、音楽については厳しく育てるだけ育てておきながら、いざこちらが興味を失ってしまえばこうして放任してしまった両親への反発心は、強い。それに、音楽に対するスタンスの違いで仲違いが発生した中学時代の吹奏楽部の二の舞は踏みたくないという思いもある。

 バンドを組むかどうかの決断を、他人ごときに左右されてたまるか。学生の本分、その外のことくらい、私の自由にさせろ……!



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 誰もいない部屋、キミのいない部屋、......LUNA SEAがはじめてチャート1位を取った曲の歌詞が思い浮かんだ。玄関を開ければ、電灯スイッチの位置を示す小さな灯以外はほぼ暗闇の空間。時刻はまだ8時、勉強はしなければいけないのだが、何をやるわけでもない夜は、まだこれから。

 地方都市としてはかなりの高収入な両親は、当然どちらも帰ってきていない。まだ仕事なのか、別々の場所で飲んでいるのか、それとも......だが、考えたってどうにもならない。物理的に不自由でない生活はさせて貰っているのだ、そのことに感謝し、従えばいい。

 さて、小遣いという名のフリーな金は、通帳の中にある。とりあえずそろそろ本格的に、所謂電子ドラムというものを探してみようか。いや、それとも社交ダンス部用に、自分のダンスシューズが先か。課外が終われば夏合宿だし。

 しかし、いいものを買う価値が果たしてあるだろうか。ただモテたくて、女の子たちと青春したくて勢いで入った部活だが、どうにもイメージと内情は違う様だ。予想以上に厳しいし、周りから妙にイジられるし、それに想像していた以上に内情はドロドロとしているようだし……やっぱり、まずはダチの提案する計画のメンバー顔合わせが終わってから考えてみるかと、今は考えるのを放棄した。そして、自室のプロジェクターと据え置きゲーム機を起動させた。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



冷房もまだ効いていない自室、生暖かいベッドに突っ伏す。

 有名人の会話と番宣だけで成立する民放テレビの茶番劇。端末に勝手に表示される、露悪的で不愉快な作品の広告と、正論を気取った陰湿な言論。……世界に蔓延る醜いモノ共。この世の存在ならば平伏させ粛清、フィクションならば作者を拷問にかけて描き直しまたは焚書にさせねば気が収まらない、そんな性格。

 好きなものを語るより、嫌いなものを叩いている方が生き生きしているんだね……何時ぞやの三者面談で、当時の担任のマリナちゃんから言われた言葉。正にその通りとしか言いようがないくらい、自分を言い表していた。

 そんな自分がこれからやろうとしているのは、素直に好きだと言える、やってみたいと言える、歌うということ。ようやく人並みの常識に気付けたか、とでも揶揄われそうなくらい、これは幸せなことなのだろう。

 ――――それなのに、何故だ。何処か不安なこの感情は。

 嬉しい楽しいことがこれから筈なのに……何でこんなに心配なのか。自分はこんなに弱い人間だったか。放送室をジャックし、校内中に副担任の不実さを猛烈に批判する生放送を行った(当然その後、放送委員はクビになった)あの頃の強さは何処にいったのか。

 ……やめた。とりあえず、先に夏休みの宿題をある程度やっつけておくか。あまり考え続けるのは、得意ではないのだ。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



「もうほどほどにした方がいい......これ以上は親との信用問題に関わる」

「うるせぇ。ケチくせぇなぁ。こっちがどれだけ親から縛り付けられてるかも知らねぇで」

 Wi-Fi通信などないこの寮では、スマートフォンを使用すればするだけ、データ容量が消費される。そして今、自分のスマートフォンを取り上げられて、他人に使用されている。勝手に大容量の動画を視聴され、勝手にアプリケーションを導入され(しかもご丁寧にパスワードまでかけられ)、もしかしたら勝手に課金すらされているかもしれない。そうでなくても明らかに、自分の権利と財産を不当に貪られている。

 だが、あからさまに暴力をちらつかせた攻撃的な威圧感と、一切の罪悪感を抱かす、逆に此方が悪いと洗脳するかのような矢継ぎ早の弁舌。逆にこちらは人間の悪意に関する話を好む反面、弁舌も、物理的な闘争も不得手。その弱さ故、この件に関わる度に、まるで自分の方が卑しくさもしい人間にさえ思えてしまう。

「…………十一時には寝る、それまでだ」

「わかってるじゃぁねぇか」

 自分の思い通りに相手を動かし、ニヤリと嗤う。世間的には男前ではあるのだろうが、一昔以上前に発生した、ある凶悪犯罪の犯人を思わせる面構えのこの男の名は、怒臨房流(どりんぼう りゅう)。特別進学科の一年生だった。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 県警勤めで夜勤に向かう叔母に夜食を渡し、いい嫁になるよと感謝のハグをされてから、幾らかの時間が過ぎた。宿題も何割か終わらせたし、明日の朝食に昼食も作っている。特に見たいテレビもない。

 叔母のことは大好きだ。親元を離れたいと我儘を言った自分を理解し、保守的で心配性な両親を説得し、こうして同じマンションに住まわせてくれる彼女には、誰よりも感謝している。

 だが、親以上に親だと慕っている叔母からも、自分は良い子として扱われているようだ。

 別にいいのだ。良い子に振る舞っていれば、世間的な評価は安定するし、有利に立ち回れる。クラスの面倒事、特に同級生に関することを押し付けられる等の負担も大きいが、そこは教育関係者の親から受けた知識でカバーだ。

 でもって大柄で目立ちやすい体型だから、ひたすらに大人しく。いじられても大らかに微笑み受け流す。世間の流行も触り程度に把握しておく。本当の趣味、それこそマニアックな趣味は、おくびにも出さないように。

 ――――だけど残念。皆、みんな騙されている。私は、本当は、良い子でも何でもない。そのことを知るのは、私だけ。

 午後十時。今宵は少しだけ、イケナイ時間。

部屋の鍵と、机の奥底から取り出した小さいポーチを手にし、夜の闇へと駆け出すのだった。

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