Episode:0 ビギニングが迷走 part.4
ネットの何処かから拝借してきた廃墟のフリー素材を背景に、新聞やら週刊誌やらの活字を切り取って貼り付けた、ツギハギだらけのA4用紙。まるで犯罪組織だか、駆け出しのアングラ芸術家だかの広告、しかも絶妙に低クオリティ。
当然、壊滅的な読みにくさだが、どうにか解釈するならば……90年代V系バンドを中心にコピーするロックバンドのメンバーを募集します。興味を持った方は、このチラシを掲示板から剥がして、一年三組の眞北和寿のところまで来てください。面接をします。......そんな内容。成績はよくないが、美術はそれなりと自称する眞北が、一晩(二時間半程度)で作り上げた力作の勧誘チラシだ。
「来ねぇ、な……三度目の正直なんて誰も信じねぇとは言うがよぉ、三日経っても面接来ねぇとは……」
月曜の昼休みに自信満々に、生徒用掲示板に張り出した勧誘チラシは、その日の放課後には無くなっていた。しかし誰が面接を受けに来るわけでもなく、火曜、一学期終業式の水曜と経過し、今日は夏課外期間一日目の木曜。四コマの授業が終わり、後は帰るだけ。
あちらの女性陣は守備良くメンバーを見つけたらしく、昨日今日と、とっとと帰ってしまった。正直、プレッシャーだ。
「考えられるとすりゃ、こんな感じかな……。その①、先生に撤去された。その②、チラシを取ったはいいけど、バンドやろうかどうか迷っている状態。その③、生徒会、或いは変な正義感持ってる生徒に、こんなチラシはよくないと勝手に処分された」
「②だ! 絶対に②だッッ! ……うん、そうだといいなぁ」
「おれだってそりゃその方がいいけどよ。ちなみに①は可能性低いと思う。先生の仕業なら、マキちゃんが呼び出し喰らってねーのはおかしい。となると③か……それこそラブライブのえりちとかダイヤ、レンレンみたいな奴の不興を買っちまったとかかぁ……」
「そこまで可愛げある奴等はこの学校にはいねーよ、あとラブライブに謝れ」
ふざけながらも一応は理論的に話をしようとはする喬松と、うなだれた様子は隠せない眞北。ふたりとも、流石にこのままでは状況は好転しない気はしていた。あのチラシだけを当てにしているのではなく、そろそろ別の手を打たねばなるまいと、話題を切り替えようとした、そんな時だった。
眞北くん、お客が来ているよとクラスの男子生徒が呼びかけてきた。普段あまり話さない男子がわざわざ眞北に呼びかけた以上、その場にいた優しそうな男子にメッセンジャーを頼んだのは明らか。2人は確信した、②だった……!
「……突然、失礼イタシマス」
2人の前に現れたのは、短身痩躯の男子生徒。目が大きく睫毛も長い、女性的な顔立ち。所謂イケメンという言葉の明確な定義は無いだろうが、眞北が目標とする"V系バンド"のメイクが似合いそうな容貌だと、趣味人ならば思うであろうルックスだ。
「一年八組、美純螢(よしずみ ほたる)。このメンバー募集の面接を受けに来ました。お時間のある時に、お願いしたいと考えている」
緊張しているようにも感じられる堅苦しい態度で、深々と会釈した美純という青年。その手には、クリアファイルに挟まれた眞北の力作チラシがあった。
「八組......おいおいマジか」
喬松が溜息を漏らした理由は、この男子の所属する学級。この学校では、各学年の末尾の学級は特別進学科に位置付けられている。M県内のあちこちの中学校から、首席レベルの優等生が集まってくるこの学級、前元号の時代程の勢いはないとはいえ、今なお県内トップクラスの進学実績を誇っている。
「せいぜい中の上、ではありますが」
相手の謙遜にいやいやいや、と返す喬松を遮るように、眞北は美純という男子の前に割って入る。そしてニヤリと笑い、問うのだった。
「......久しぶりだな」
「?」
「あ、あぁごめん、すまねぇ。"久しぶりだな"に続く都道府県は何か、それが質問----」
「......鳥取」
「!」
「久しぶりだな、鳥取。今夜もお前達の声聴かせてくれいくぞ、......だったか。LUNA SEAのライブアルバム『NEVER SOLD OUT』のDisk 1、その二曲目『Dejavu』のアウトロでのMC。回答の補足としてはこれで十分だろうか?」
「ッッ……合格だ。俺様は待っていた、お前のようなヘンタイを......!」
傍から見れば意味不明の会話で、眞北は目の前の青年に合格を言い渡した。
「……おまえらは何を言っているんだ、まるで意味がわからんぞ」
いくらテキトーで大らかな性格である喬松も、流石にこれは呆れる展開だ。だいたい普通だったらまず、他に聞くことがあるだろう。例えばまず希望するパート。それに音楽の経験や、練習に来れるかどうかも重要だ。その上で加入を認めるかを決めるのが筋というものだろう。
「安心しろタカ、たぶん彼はいい奴だ。少なくとも知識はあるし、凄く真面目そうだっ。そんな彼が俺様達に加わることで、キャラバランスがかなり良くなるって思わねぇか?」
そんな喬松の考えもつゆ知らず、眞北はこの美純という男を信頼しきり、内定通知どころか明日から来いと言いたげな顔。とりあえず苦笑いしか、喬松には出てこない。
さぁどうしよう。基本的にこの眞北和寿という男は、大雑把に周りを動かす力はあるが、目的達成の為の具体的な手段とか確認とかを全く考えていないところがある。良くも悪くも、世間一般の戦隊レッドのイメージみたいな奴だ。
基本的に何とかなるなる、後は野となれ山となれというスタンスで生きてきた喬松。だが自分以上に考え無しな人間がいて、他に誰も頼れない以上、ここからの詳細は自分の出番になりそうだ。こんな役回りは今までになかったが、仕方があるまい。此処からは率先して、自分としての面接を開始する。
「ところで、えーっと......ヨシズミ君だっけか。おれら的には、可能ならベースをお願いしたいんだけど、どーっすか?」
「ベース......その要請、寧ろ此方からさせてくださいとお願いしたい立場だ。やるならばJにToshiya……ベースを希望したかった。自信はないが」
求めていたピースが見つかった。願っても無い、奇跡的な展開がまたしても。喬松も眞北も、おおっ……と言葉が漏れる。
続いて、美純の音楽経験について。現状でいえば彼は、興味を抱いた程度の完全な初心者。状況としては喬松と同様に、楽器すらまだ入手していない。
だが音楽経験の確認は、あくまで現状把握。このバンド計画は、音楽の方向性が十分に似通い、そして仲良く活動できることが重要。スタート時点でのスペックは、言い出しっぺの眞北も(おそらく絢も千里も)問題視はしていない。
そして加入に名乗りを上げたからには当然、楽器入手の当てもあるという。曰く、家族からの入学祝は、高校で何か新しいことをしてみたいと決まったときのためにとっておきたいと保留したまま、日々の勉強に追われて三ヶ月が経過。だが、眞北のメンバー募集のポスターを偶然見かけ、もし続けられそうならば、楽器を買ってもらおうと考えていたという。
ちなみに、ポスターを取ってから今日までの時間は、楽器の下調べや、離れて暮らしている家族に入学祝の用途の内諾を貰う時間も兼ねていたのだという。彼がいつベースを始められるかは、注文から納品までどれだけ時間がかかるか、それだけが問題のようだ。
それと、学生のバンド活動において、ある意味最も重要な部分。どこまでガチで音楽に取り組むか……早い話が、プロ志向があるかどうかの確認だ。
「当然、プロ志向というのは此方も想定には入っていない。言葉にするならば同好会、というかたちで活動できればと考えている。尤も、例えばライブ出場等といった、何らかの目標があるならばそれに従うつもりだが」
まぁそうだろうなと喬松は納得する。特別進学科にいる以上、まさかプロを目指し、青春のすべてを其処に捧げようなどとは思う筈もないだろう。
後は、美純螢という人間を知るための、質問あれこれ。
例えば今の生活状況。学区制のない特別進学科は、十名程度が遠方の中学校出身。そしてこの周辺には、学校と協定を結び、学生の下宿を受け入れている家が何件かある。また、私営の寮もあり、美純はそこで同級生一名を含め、七名の男子生徒と共同生活を送っているという。
それに、逆に美純に対し、心配事はないかと尋ねてみると。
「実はLUNA SEAとDIR EN GREY以外はあまり詳しくない。勿論、それ以外を演奏することに躊躇いは無い。2人には俺の知らない事を色々教えて欲しい、頼む」
その話ぶりから、彼が正直な性格をしているのが察せられた。知ったかぶりをするよりも好感触であるように感じた。
話が続くうち、眞北は美純への興味が強くなっているようだ。それに喬松も、同じグループとして活動していく上での不安要素は無さそうだし、特別進学科との人脈ができることは頼もしくもあると考えている様子。
やがて、どちらからともなく、仲間として迎える旨の言葉が出てきたことに対して、
「ありがとう。人脈が広がるというのは、それも似通った嗜好を持つ人と出会えるのは、嬉しいものだ。以後、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げた美純は、此処に来て初めて、微笑みを見せた。堅苦しい口調だが、心を開いてくれたのだなと喬松は安心するのだったが……
「待て。笑うな。美純君よ、俺様は君にMANA様的な役割も期待したいのだ……だから滅多な事で笑うな。何なら声を出さないキャラを目指してもいいくらいだッ!」
……眞北は音楽を始めるより早く、V系としてのキャラ作りをあれこれ考えることを思い付いたようだ。更には、
「分かった。今後、笑わないし喋らないことにする」
美純はそんな眞北に、素直に従う姿勢を見せる。主体性ゼロな程に従順なのか、それとも意外とノリはいいのか、単に天然なのか。
「ま、いっか」
だが、何だかんだで楽しそうな様子に、元々大らかな性格の喬松も、2人の会話に改めて割って入る。何だか、気を張る体育部とは対照的なゆるい雰囲気に、面白さを見出せそうな気がしたようだ。
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