Episode:0 ビギニングが迷走 part.3
一学期の終業式を明後日に控えた月曜の昼休み。絢と千里はとある情報を頼りに、図書室に潜入していた。
「あの人が......」
「そう、"SELVESの君"」
「セルヴスのきみ、ってあなた......」
本棚の陰に隠れ、気配を殺しているつもり。そんな不審者然としている2人の視線の先には、図書室の隅っこの席に座って大人しそうに、何かの本を読んでいる眼鏡の女子がひとり。ロングヘアを襟足で一つ結びにし、右肩から前に垂らしている。170cmはあろうかという身の丈といい、あと具体的にどの辺がとは言わないが、遠目からでも色々と、おっきくて豊かな体格に見える。
進学校であるこの高校は、大学受験に必要となる教科を重視したカリキュラムが組まれており、美術・音楽・書道といった芸術科目は一年生時のみ、週一日の選択制、複数学級による合同授業となっている。千里は音楽以外をやりたいと美術を選択。そして絢は音楽を選択した。
その音楽の授業でつい先日、クラシックギターに触れてみる、という時間があったのだが、自由時間で突然、絢の耳に飛び込んできたのが、"SELVES"という曲のギターソロ部分。アルペジオに近い切なげなフレーズなのだが、不慣れな様子でそれを弾いていたのが、この眼鏡っ娘だった。
絢に千里と同じ中学出身の、今は別のクラスにいる女子からの情報によれば、名前は香坂優子(こうさか ゆうこ)。中学卒業を機に、遠方の市から親戚を頼ってこの街に引っ越してきたのだという。
「たったそれだけのことで私達の味方認定って......少し早すぎじゃない?」
「だってROSIERでもI for YouでもなくてSELVESだよ? よっぽどのマニアでもなけりゃ知らない、聴かせても"あーダルいわこの曲。飛ばそー"ってなっちゃいそうな系の曲のフレーズをふつー弾いたりする? 少なくとも趣味嗜好はウチら側の人間ではある、うん」
この機を逃しては次は無いと言わんばかりの力説となれば、任せてみる以外の選択肢は無さそうだ。
「はいはい。そしたら絢、あなたが責任を持って勧誘してきなさい」
そう言って、千里はとん、と親友の背中を押すのだった。
「あ、あのぉ......つかぬ事をお伺いします、け、ど、......」
「!? え、っと......何かご用ですか?」
「あ、はい! SELVESの君様! ちょっと用がありまするっ!」
「え? せ、せる......?」
だが千里は、絢だけに任せるのは間違っていたと、すぐに気付いた。それなりに長い付き合いの中、真っ当な会話はあまり上手くないとは知っていたが、まさかここまでだったとは。今の絢は、明らかな挙動不審。完全に不審者。オワタ。もうだめぽ。やんぬるかな。千里はミッションの失敗を確信した。
ならば次は自分が出撃せねばなるまい。勧誘という目的ではなく、失態をフォローし相手が受けた不快な気持ちを低減することが最優先ではあるが。
「もういい絢、交代。何なのその体たらくッ?」
「だって綺麗で優しそうなひとじゃん? ふつー緊張するでしょ? ゲス野郎ならバリいけるよ! ボロカス言ってやるし!」
「そーゆうことを今此処で言うのをやめなさいって前から言ってるでしょう!」
しかして千里は千里で、ついつい絢への叱責を最初にしてしまった。更には絢の反論に乗ってしまい、つい本来の目的を二の次にしてしまった。
「……っ?」
「しま、った……!」
いきなり登場した不審者2匹の低レベルな漫才を前に、ぽかんとするしかない眼鏡女子の表情にようやく気付いてか、どうにか千里はまず取るべき対応にシフトした。
「っと、ごめんなさい! 確か香坂さんだったよね? こちらの鷺沢が是非あなたと話したかったみたいで。もしよかったらだけど、少しお話に付き合ってもらってもいいかな? 本当いきなりでごめんなさい」
多少緊張の表情は見せながらも、絢よりもはるかに落ち着いて丁寧に、SELVESの君……もとい、香坂さんに話しかける。その実直な様子に、
「え、あぁ、はい……いいですよ?」
と、とりあえずは話を聞くという第一段階を許可して貰えたようだ。
時系列に沿った千里の丁寧な説明と、時折挿入される絢の補足で、かくかくしかじか。幸いにもこちらの謝罪は微笑んで受け入れてくれた上、おおよその経緯とこちらのやりたいことは伝わったようだ。
その上で、香坂の回答は。
「あの、バンドのメンバーとして、ってのは......ちょっと、かな」
当然、そうなるだろうねと2人は思った。こっそり趣味を把握されて、それを元にいきなり自分達に付けと誘われれば当然、拒絶を前提に警戒するだろう。残念ではあるがそれが普通の反応であり、この世界でメンバー募集をしている人間が数限りなく経験することだ。だからこの話はこれでおしまい、潔く引いて、同じような音楽の趣味を持っていると知った、顔と名前を知っている程度の関係で終わるべきかと考え、2人が頭を下げようとしたとき。
「あ、そうじゃなくて!」
「……?」
「えっと......鷺沢さんに藤守さん、だったかな? まずはお友達からというか、ふたりのこと、もっと知りたいな。せっかく、音楽のこととか話合いそうだし。こうして話しかけてきてくれて、嬉しかったし」
「!」
「!」
思わず、顔を見合わせる絢と千里。そう言われてしまえば、嬉しくないワケがない。同時に2人は、己のこれまでの行いを、深く反省するのだった。
「いいひとだ......間違いなく香坂さん、貴女はいいひとだッ!」
「ごめんなさいあたし等が間違っていました......貴女様をバンドメンバー候補としてしか見ていなかった卑しく非道なあたくしめ等をどうかお許しくださいッ!」
そして大声を出してしまったため、普段は温厚で生徒からも慕われる司書の先生から睨まれたので謝罪をし、とりあえずこの場は解散。放課後また、優子を誘って話の続きをすることにした。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
学校の近くのコンビニに設置されているイートインコーナー。幸い、悪そうな奴等の占領はない様子だし、憂鬱な夏は冷房の効いた、水分と甘味を補給出来る場所に限る。
結局ありがたいことに、優子もバンド加入には前向きな様子だ。というのも最近、誕生日プレゼントにと貰ったエレキギターと、アコースティックギターを始めてみたのだという。
さて、大事なのはここからだ。
「そっか、此処からその、えーっと、眞北くんだったかな? 会うことになるのかな?」
「多分、眞北君の勧誘状況次第だけど、最悪でも一度は会うことにはなりそうだね」
先程図書室で説明したとおり、一応はこのバンド計画、言い出しっぺの眞北(それと彼が連れてくるらしい奴等)との合流が前提にはなっている。だがこれ以降は絢、千里、眞北、I中学出身で一年三組在籍の、3人だけの問題ではない。目の前の優子も此処からは当事者。状況は正確に把握せねばならないし、当然立場は同格、発言権は平等だ。
勿論、男子共のことが気に入らなければ見切りをつけて、女子3人だけで組んでも構わないことは強調しておいた。その上で、絢は真面目な様子で、優子に語りかけた。
「あたし個人の印象だけど、部員としてなら、眞北は信用していいかもって思ってる。あいつ、そう悪い奴は連れてこない筈」
眞北は見た目こそチャラついていて、中学時代から言動は勘違いした十四歳のそれだが、対人関係はかなり真っ当なもの。悪い噂は聞くことはないし、教師からの評判も悪くない様子だった。……絢が知っている、そうした評価に至るまでの理由と考えられる出来事は勿論、彼の名誉の為にも、今は伏せておいているが。
「確かにね。彼は悪いことはしない。目立ちたがりはするけどね」
そこに千里も同調した。眞北は元々成績は良くなかったのだが、いきなり生徒会役員に立候補したり(結果は落選)、体育大会の団長に立候補したり(こちらは当選)、そして進学校であるこの高校に合格したりとか。普通の人間がやらないだろうことは色々やるだろうが、性根が腐った人間はやらないようなことを、彼は複数達成してきたのだ。
「うん、わかった。その眞北くんって人はともかく、皆、いいひとたちだといいね」
温和な表情の優子だが、男慣れはしていないのだろう、微かに心配な感情は浮かんできている様子なのは仕方なさそうだ。
「大丈夫、あなたのことは私達が護るッ」
自分達を信じてメンバーに、いや友達になってくれる優子の気持ちは十分に尊重しなければならない、それこそ場合によっては眞北をしばき倒す覚悟も必要だと、絢も千里も堅く誓った。
それから3人の会話は、好みの音楽の話題へとシフトしていった。
最近になってギターを始めた優子だが、例えばLUNA SEAのINORANやPierrotの潤のように、静かながら存在感を見せつけるギタリストに憧れるらしい。歪み系も好きだが、ナチュラルトーンを奏でている方がそれ以上に楽しいという。眞北はSUGIZOのように前面に出たがるスタイルが好みなため、その意味では願ったりな展開だ。もし奴(等)と合流するならだが。
そんな優子だが、V系バンドも好きではあるが、それら以上に好きなのが、幻想的な曲を歌う女性アーティスト。叔母の趣味で色々マニアックな領域まで覚えたのだが、なかなか周囲に話せる人間がおらず、表面上しか知らない流行り物の話題でお茶を濁してきたのだそうだ。
それ故に、勿論バンドの方向性は皆に合わせるが、可能ならそうした女声ヴォーカルの曲もコピーしていきたいのだという。
「知ってるかな、志方あきこさん。あのひとの曲がすっごい好きなの」
「!」
「それからKOKIAさんも好きだね。あ、それからみんなのうたでもたまに出てくる谷山浩子さん!」
「マジかよ!? よっしゃぁコレで勝てる〜ッッ!」
「これが……奇跡かッッ」
そんな優子の趣味がかなりのツボだった様子の絢と千里、かなりの大声と興奮。そしてしまったと気付き、バツが悪そうに店員に頭を下げ、場所をまた変えようと片付けを開始する3人だった。
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