第6話:マホロ、完ぺき王子にキセキのカケラを拾われる!?


 ──キーンコーンカーンコーン。


 ハルカに習いながらピアノを指で弾いていたら、クラブ活動の終わりを告げる今日最後のチャイムが鳴り響いた。


 音楽室の窓から見える空の色が、きれいなオレンジ色をしている。


 「マホロちゃん、そろそろ帰る時間……だね」


 「もうそんな時間かぁ。一日が経つのってホントあっという間!」


 人間界も、まほうの国も、流れる時間は同じだ。


 それなのに、ここへ来てから一日の終わりがすごく早く感じてしまう。


 「うーんっ!今日も一日楽しかった!」


 グーッと背伸びをしながら、教室の隅っこに置いていたランドセルを背負って、帰り支度をはじめる。


 キセキのカケラはたくさん集まってきているし、今日は四年一組の友達と運動場で鬼ごっこもした。


 あぁ、そうだ!


 まさか、あの有名な『ドレミのうた』が、人間界の歌詞とまったく違っていたことは驚きの発見だったな。


 明日もうんと楽しい日になりますように!


 「よし!ハルカ、帰るよ……って、どうしたのよ!なんでまた泣きそうになってるの!?」


 「だって、マホロちゃんと一緒にいられる時間が終わったんだって思ったら、悲しくなって……」


 振り返ってハルカのほうを見ると、また目をうるうるさせて俯いている。


 早く下校しないと、いろんな先生から『帰れー!』って怒られちゃうのに、それでもハルカは一向にランドセルを背負おうとしない。


 「別に明日もあるじゃん!また一緒に遊んであげるし!」


 「でも、マホロちゃんは友達も多いし、わたしとはクラスも違うし……」


 「いつでも遊びに行ってあげるから!休み時間とか、放課後も!」


 「本当に?」


 「本当!私ウソはつかないもん!」


 ウソをつくまほうつかいは悪いまほうつかいのすることだ。


 小さいころに読み聞かせてもらった絵本の中に出てくる悪いまほうつかいは、いつだってみんなを騙して、『フコウ』へと導いていく。


 それを阻止して、助けてあげるのが良いまほうつかいのすることだ!


 どんなときでも強くて、美しくて、みんなから愛されて、頼られるまほうつかい。


 私はずっと、そんなまほうつかいに憧れている。


 「だから大丈夫!ほら、帰るよ!」


 「……うん!」


 そう言うと、ハルカは笑顔を見せてランドセルを背負った。


 そして二人で音楽室を出て、廊下を歩いていたとき、カランッと聞き慣れた音がした。


 「……あ!キセキのカケラの音!」


 ハルカの気持ちから現れたカケラが、目の前を転がっていく。


 ハルカは今、どんな気持ちなんだろう。


 嬉しいのかな、楽しいのかな。


 音楽室で泣いていたハルカが、今、私といることでそんなふうに思ってくれているのだとしたら、ちょっぴり嬉しいかも。


 私はルンルンとスキップして、転がっていったキセキのカケラを拾おうと手を伸ばした。そのとき。


 「──はい、落とし物」


 私の手よりも先に伸びてきた、もう一人の誰かの腕。


 予想外のできごとに、目をパチクリさせて驚きながら顔を見上げると、そこにいたのは、四年一組の人気者──……マオくんだった。


 「な、なんであなたがここに!?」


 「……あれ?マオ、どうしてここにいるの?」


 慌てふためく私とは正反対に、ハルカは彼のことを『マオ』と呼びながら平気な顔をして声をかけていく。


 「なんでって、靴箱に行ってもハルカがいなかったから、わざわざ迎えにきてあげたんだけど」


 「あぁ、ごめんね。わたし、さっきまでマホロちゃんと遊んでて……」


 「今日ってクラブ活動の日だろ?遊んでいてよかったの?」


 「あ、まぁ……ちょっといろいろあってね」


 な、なんでこの二人はこんなに仲が良さそうに会話をしているわけ!?


 四年一組の中でも、マオくんは特別な存在みたいになっている。


 ナズナやアスカたちから聞いた話によると、マオくんはテストでもいつも百点をとっていて、体育の授業でも一番活躍するんだとか。


 成績表は全教科オール三重丸で、女子から呼ばれているもう一つの呼び名は『完ぺき王子様』なんだって。


 実際に、今日の国語の授業で行われた、漢字の抜き打ちテスト。


 私はマオくんに、一点差で負けてしまったんだ。


 ……あぁ、思い出しただけでも悔しくてたまらない!


 そんな完ぺき王子様と、ハルカが……?


 「あ、えっとね。わたしとマオは幼なじみなの。同じマンションに住んでて、お母さん同士もすごく仲がいいから、いつも一緒に帰ってるの」


 「幼なじみ!?い、一緒に帰ってるぅ!?」


 「クラブ活動の日は帰りが遅くなるでしょ!?だから一人で下校するのは危ないからって、お母さんがね!?」


 ハルカはあの完ぺき王子と仲がいいどころか、幼なじみだったなんて!


 マオくんは男子とはすごく仲がよくて、毎日休み時間になると楽しそうに会話をしたり、お昼休みはみんなでサッカーをしたり、バスケをしたりしている。


 でも、女子と話している姿はあまり見かけない。


 だからこうして、ハルカと普通に会話をしていることが驚きだった。


 「な、なぁんだ!ハルカってば友達がいないなんてウソじゃない!」


 そんな驚きを誤魔化すようにそう言って笑うと、ハルカはまたシュンとなってくちびるを尖らせた。


 「ウソじゃないもん。マオは友達じゃなくて、幼なじみだもん……」


 「(な、何が違うって言うのよ)」


 「わたしの友達は、マホロちゃんだもん」


 少しいじけたように、ハルカは私のスカートの裾を引っ張ってそう言った。


 「それよりマホロ、これ」


 「……あ、そうだった」


 私とハルカの間を割って入って、マオくんがスッと差し出してきたのはキセキのカケラだった。


 私は小さく『ありがとう』とお礼を言って、それを両手で受け取る。


 そしていつも持ち歩いているおばあちゃんお手製の手提げぶくろの中から、キセキのカケラが入っている小瓶を取り出した。


 「(残り、八十九個……か)」


 この小瓶にはまほうがかけられていて、キセキのカケラがあといくつ必要なのかを表示してくれるようになっている。


 ……まだまだだなぁ。


 本当に一人で百個も集められるのかな。


 たまに心の中に顔をのぞかせにやってくる、もう一人の弱い自分。


 『百個』だなんて大きな数字に、少しずつ自信を削られていく。


 「……って!ダメダメ!弱気になっちゃダメだよ、マホロ!」


 そんな弱い自分を、思いきり振り払って消し去った。


 “集められるかな”、じゃなくて、“絶対に集めなくちゃ!”。


 私はなんとしてでもフェアリス王国に帰らなくちゃいけないんだから!


 「……マホロちゃん?何やってるの?」


 「そろそろ帰らないと、あの平田先生に怒られる」


 「あ、うん!今行く!」


 二人に声をかけられて、キセキのカケラの小瓶にキュッとフタをして、手提げぶくろの中にしまった。


 ──そして、気が付いたんだ。


 「……あれ?確かおばあちゃんが、キセキのカケラはまほうつかいにしか見えないモノだって……言ってなかった?」



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