第5話:マホロ、泣き虫ハルカと出会う!
「ここが理科実験室、ここが保健室……で、ここが図工室かぁ」
学校探検をしながら、私は一人で四年生ではあまり行く機会のない教室を見て回っていた。
人間界の小学校と、まほうアカデミーの校舎はよく似ている。
でも、書道教室や体育館なんて教室ははじめて聞く名前の教室だった。
まほうアカデミーで習うスポーツは、全部『まほうのホウキ』に乗って行うものばかり。
だからここへ来てはじめて遊んだドッヂボールやなわとび、それから体育の授業でしたバスケットボールやサッカーボールはどれも楽しくて新鮮だった。
「自分の手や足を使ってするスポーツって、しんどいけど面白いのよね!」
あぁ、それから音楽!
まほうの国では、音楽もぜんぶまほうを使って演奏するの。
だけど人間界では手を使ってピアノを弾いたり、ふぅー!と空気を送りながら吹くリコーダーもあるでしょ?
あとはバチと呼ばれる棒のようなもので叩いて音を出す木琴や鉄琴も、とてもきれいな音色だった。
「ちょうどここが音楽室だ!」
まだ数回しか入ったことのない音楽室のとびらを、そっと開けていく。
「そういえば、まほうアカデミーでは音楽室には歌を歌い続ける女の子のユウレイがいるってウワサがあったんだよね……」
四年一組のみんなで入って授業を受けたときとは違って、シーンと静まり返っている音楽室。
壁にはクルクル頭のおじさんたちの絵がたくさん飾ってあって、なんだかそれも不気味だった。
まるでジッとこっちを見ているみたい。
「こ、ここの探索はまた今度にしよっかなぁ」
一人だと途端に心細くなって、そっと開けたばかりのとびらを閉めようとしたとき。
「──うっ、うぅ……っ」
「ひぃっ……!」
突然、中から聞こえてきた声にビクッと体が跳ね上がった。
「うぅっ、ふぇーん……」
「(な、なんなのよこの声……!)」
まるでシクシクとすすり泣いているような、細い揺らぎのある声がずっと聞こえてきている。
ま、まさか人間界の音楽室には泣き続ける女の子のユウレイがいたりするの!?
頭の中で勝手な妄想ばかりしてしまって、いよいよ恐ろしくなってきた。
きょ、今日はもう帰ろう。
帰っておばあちゃんのお花の水換えのお手伝いをしよう。
「そ、そうしよう……!うんうん!」
泣いている“誰か”に気づかれないように、そっと立ち去ろうと一歩足を進めた。
その瞬間。
「──誰?」
「ぎゃあああああ!」
気づかれちゃった!
しかも、声までかけられた!
大変だ、今すぐ逃げないと……!
でも、怖くて足が震えてしまって歩けない。
あぁ、もう、マホロ!こんなことで怯えていちゃダメじゃない!
将来、大きくなったらフェアリス王国の女王様になるんでしょ!?
女王様は誰よりも強くて立派じゃなくちゃいけないんだから!
心の中で何度も自分を励ましてみても、ガクガクしたままの足は言うことを聞いてくれない。
「ユ、ユウレイだけは無理──!」
「あ、あのぉ」
「ひやああああ!」
「だ、大丈夫……ですか?」
ユウレイに心配される筋合いはないのよ!
むしろアンタのせいで……って、あれ?
扉の隙間から、心配そうにこちらを見つめるユウレイ……じゃなくて、これは人間?
「あ、足がある!透けてもいない!?」
「え?」
「て、ことは……ユウレイじゃない?」
「ゆ、ユウレイ!?」
落ち着いてよく見ると、目をうるうるさせながら顔を覗かせている彼女は、ユウレイではなかった。
耳より少し高い位置でツインテールをしている、同じ制服を着た一人の生徒だった。
でも、見たことのない顔だった。
「あれ?もしかして……転校生のマホロちゃん?」
「な、なんで私の名前を!?」
ツインテールの彼女は、袖で雑に目をゴシゴシと拭いたあと、柔らかい声で話を続ける。
「だってマホロちゃん、有名人だもん。なんでもできちゃう天才転校生だって、となりのクラスまでウワサが流れてきてるよ?」
……なんでもできちゃう、天才転校生!?
なにそれ、最高のウワサじゃない!
私ってば、そんなウワサが回っているわけ!?
「そ、そうなの?へぇ、知らなかったなぁ」
思わずニヤけてしまいそうになるのをグッと堪えた。
ここで笑ったり喜んだりするのはナンセンスよ。
「マホロちゃんに会えるなんて、ラッキーだなぁ」
「ねぇ、となりのクラスってことは、あなたも四年生?」
「あ、うん。わたしは四年二組の、前野ハルカだよ」
「ハルカね!……で?なんで音楽室で泣いてたの?」
「えっと、それは……」
それまでニッコリと優しく笑っていたハルカの表情から、スッと笑顔が消えた。
こんなところで一人で泣いているなんて、何かあったのかな。
「いいから話してみなさいよ!今日は特別気分がいいから、私がなーんでも相談に乗ってあげる!」
「……うぅ。そんなこと言ってくれるの、マホロちゃんだけだよ。ありがとう……うえーん!」
「え、あ、どういたしまして……」
ハルカはきっと、泣き虫だ。
今だって、別に悲しいことなんて一つもなかったのに、私にギュッと抱きついて延々と泣いている。
私とハルカは誰もいない音楽室の中に入って、ピアノの近くに座った。
そして、ハルカは少しずつ口を開いていく。
「わたしね?お助けクラブっていうクラブに入ってるんだけど」
「お助けクラブ!?そんなクラブまであるんだ」
「うん、学校のみんなが困っていることを助けてあげるクラブなんだけどね?あんまり人気じゃないんだ。人数も私と六年生の先輩一人しかいないし」
「(それ、超不人気じゃない……)」
「それで、今日は『ハルカちゃんにピアノを教えてほしい』っていう依頼があったから、音楽室で待ち合わせしていたんだけど……どうやらイタズラだったみたいで、すっぽかされちゃったの」
「へぇ」
「こういうイタズラが、最近たくさんあって。わたし、クラスの中に友達もいなくて……っ、だから誰にも相談もできなくて……っ」
「ハルカ、友達いないの?」
「……うん」
恥ずかしそうに、俯きながらハルカはそう言った。
そんなハルカを見て、まほうアカデミーにいたころの自分を思い出した。
いつも一人だったころの……あのときの私を。
「マホロちゃんはいいね。たくさん友達がいて……すごく楽しそう」
「……!」
認めたくはないけど、ハルカと同じようなことを私も思っていた。
みんなは楽しそうだなって。
おしゃべりできる相手がいるのって、どんな気分なんだろうなって。
「わたしは、いつも一人ぼっちなんだぁ」
「──私がいるじゃない!」
「……え?」
「私がハルカの友達になってあげるから、もう泣かないの!」
ひざを抱えて、どんどん俯いていくハルカの手をギュッと握った。
一人って、すごく寂しいよね。
たまに、すごくつらくなるよね。
私は強がりだから、ずっと“一人でも平気だもん!”って言い続けてきた。
寂しくなる気持ちにムチを打って、ずっと平気なフリをしてきたんだ。
でも、泣き虫のハルカには無理だ。
ほら、今だってまたポロポロと涙をこぼして泣いている。
「い、いいの?」
「いいの!だからもう泣かない!」
「ふぇっ、ありがとう……マホロちゃんっ」
それからハルカは、三十分以上『ありがとう』を繰り返しながら泣き続けた。
ほんとうに、よく泣く子だなぁと思った。
「ねぇ。ハルカはピアノが弾けるの?」
「うん。五歳のときから習っているから」
「じゃあちょっと弾いてみてよ!私、歌うから!」
「え?じゃあどんな曲がいいかな。……うーん、『森のくまさん』とか?」
「なにそれ」
「知らない!?じゃあえっと、『ドレミのうた』は?」
「それなら知ってる!ドは“ドクロ”のド〜!レは“霊きゅう車”のレ〜!ミは“ミイラ”のミ〜って歌でしょ!」
「な、なにそれ怖いよマホロちゃん!全然違うよぉ!」
「えぇ!?違わないんだけど!?」
はじめて自分の口から『友達になろう』と言ってできた友達。
人間界にやってきて、私の毎日は“はじめて”の連続だ。
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