第2話:マホロ、人間界へやってくる!
「──はじめまして、魔野マホロです!今日からみんな、どうぞよろしく!」
まほうの国『フェアリス王国』を追放されてから、一週間。
今日から私はまほう見習師……ではなくて、人間界の小学生になったの!
人間界の小学校って、どんなところなんだろうってずっと気になっていたけど、真っ赤なランドセルに、ヒラヒラと舞うスカートの制服がとっても魅力的!
まほうアカデミーの地味で真っ黒なマントやとんがり帽子とは大違いだ。
「マホロちゃんは、今日からこの一宮小学校の、四年一組の仲間になります。遠い国から日本へやってきたので、困ったことがあったらみんなで助けてあげましょうね」
担任の小林先生がニッコリと笑って優しい口調で私を紹介した。
すると、クラスメイトのみんなは「はーい!」と手を挙げて返事をする。
転校生である私のことが気になるのか、みんなは興味津々にこちらを見ている。
あぁ、たくさんの人から注目されているこの感じ……!
たまらないっ、最高の気分ね!
人間界ってまほうが使えなくて不便だなぁと思っていたけど、意外にいいところかもしれない!
「じゃあマホロちゃんは一番うしろの席の、あそこね。大橋くんのとなりに座ってお勉強してくださいね」
「はーい!」
小林先生に言われたとおりに自分の席へ向かうと、数人の女子たちがヒソヒソと耳打ちしはじめた。
「いいなぁ。転校生のマホロちゃん」
「マオくんととなりの席だって」
「マオくんが転校生のこと好きになっちゃったらどうしよう」
……マオ?
顔を赤くして、チラチラとこちらを振り返って見てくる女子たち。
「(もしかして、私のことがカッコよくて見てる!?)」
だけど、どうやら彼女たちは私じゃなくて、“私のとなりの席に座っているマオくん”を見ているようだ。
……人気者、なのかな?
「あなたがマオくん?」
みんな転校生の私に釘付けだっていうのに、マオくんだけは、なにかを考え込んでいるみたいに険しい表情を浮かべていた。
「そうだけど?」
「ふぅん。私はマホロ、おとなり同士よろしくね!」
ニッコリと笑顔を浮かべながら、スッと手を差し出した。
この私よりも人気者だなんて許せない……!
しかも、転校生である私に興味がないだなんて、もっともっと許せない!
「(私が一番の人気者になってみせるんだから!)」
私はなんでも“一番”が大好き。
勉強も、スポーツも、全部一番じゃなくちゃ意味がない。
だって、“一番”はみんなの上に立っているってことだもん。
一番になったら、たくさんの人が私に注目してくれる。
だからこの四年一組の中でも、私は一番になってみせる!
「(そのためにも、まずはライバルのことを知らなくちゃ)」
マオくんと握手するために待っていたら、彼はそっと私の手を握った。
そして、まっすぐに私を見つめる。
「……ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「なぁに?」
「俺たち、どこかで会ったことある?」
「は、はぁ!?」
突然そんなことを言ってきたマオくんに、私は驚いてビクッと両方の肩をはね上げた。
な、何言ってるのよこの人!
あるわけないじゃない!
ずっと人間界に住んでいるマオくんと、一週間前までまほう界にいた私が知り合いなわけないじゃない!
「(あ、でも……)」
私は五歳のとき、一度だけ人間界へ降りてきたことがある。
フェアリス王国の女王様であるお母さんが、この人間界の『視察』というお仕事をしに行ったとき、一度だけ一緒について行ったことがあるんだ。
とはいえ、そのときマオくんに会った記憶はないし、そもそも人間界の子どもに会ったことすらないはず。
当時のことはあまり覚えていないけど、知らないところへ行くのが怖くて、ずっとお母さんにしがみ付いていたことだけはハッキリと覚えている。
「な、ないない!あるわけない!」
「そっか。そうだよな」
「うん、もちろん!」
あまりに突然の質問に、思わずマオくんの手をパッと離してしまった。
マオくんは私とは正反対で、ずっと落ち着いた様子のまま、また何かを考えはじめてしまった。
──キーンコーンカーンコーン。
そのとき、タイミングよく鳴り響いた聞き慣れない鐘の音。
「な、なにこの音……」
「はい、それでは朝の会を終わります。一時間目の授業は算数です。教科書やノートなど、忘れ物がないかチェックしておいてくださいね」
小林先生はクラスメイトみんなにそう言って、教室を去っていった。
どうやらこの鐘の音は、朝の会の終わりを知らせてくれる音みたい。
まほうアカデミーでは、授業が終わると、教室の壁にかけてある『まほうの時計』が歌いはじめるの。
それがいつも変な声で、思わずクスッと笑ってしまうんだよね……って、違う!
ダメダメ!
アカデミーのことなんて思い出さなくていいの!
せっかく人間界の小学生になったんだから、アカデミーのことなんてもう知らない!
記憶から消し去ってやるんだから。
ふんっと鼻を鳴らして、ピカピカのランドセルの中から新品の教科書たちを取り出した。
「確か、一時間目は算数だって言ってたよね」
「ねぇねぇ、マホロちゃんって……呼んでもいいかな?」
「へ?」
そのとき、一人の女子に声をかけられて振り向くと、私の周りにたくさんのクラスメイトたちが集まっていた。
「私もマホロちゃんって呼びたい!」
「マホロちゃんってどこから来たの?」
「教科書はもうぜんぶ揃ってる?」
「どのクラブ活動に入るかもう決めた?」
「ちょっ、ちょっと待って!ストップ!」
そして、集まったクラスメイトは口々に質問を投げかけてくる。
一気に答えられない私は、待ったをかけて席を立った。
「し、質問は一つずつにしてよね!そしたらぜーんぶ答えてあげるから!」
「マホロちゃんって元気だね。あたしはナズナ。今日から仲良くしようね!」
「ナズナね、よろしく!」
「私はユリ。私もマホロちゃんと仲良くなりたいなぁ」
「もちろんよ!」
「私も仲良くなりたいー!」
「あたしもー!」
“仲良くなりたい”。
こんな言葉をもらったのは、はじめてだ。
なんだかすごく嬉しくて、心の中がジーンとあたたかくなる。
「(まほうアカデミーにいたときは、一度も言われたことなかったな……)」
って、私のバカ!
またアカデミーのことを考えちゃっているじゃない!
ブンブンと頭を横に振って、これ以上考えないようにした。
「あたしはアスカ!ねぇ、マホロちゃんはどこから来たの?」
「……え?」
アスカのその質問に、私はピタリと頭の動きを止めた。
「えっと、その、すっごく遠いところ!」
「なんていう国?」
「フェアリ……じゃなくて、そ、それは秘密!」
「えぇ?なんで秘密なの!?」
「りょ、両親の仕事の都合でいろんな国を周ってきたから!だ、だから一つの国だけじゃないのよね!うんうん!」
「そうなんだぁ」
──あ、危なかった!
うっかりまほうの国の名前を言ってしまうところだった。
人間界で、『まほう』という存在を見せることも、知らせることも、言うことも絶対にしてはならない。
もしも彼らに『まほう』というものが知られてしまったら、そのまほうつかいは二度とまほう界には戻れなくなってしまう。
それだけじゃない。
まほうを知ってしまった人間は、まほうに関するすべての記憶を消されて、最初からなにもなかったことにされてしまうのだとか。
それはまほうアカデミーで一番はじめに習うくらい、絶対に破ってはらならい大切なオキテだ。
「マホロちゃんは一人で日本に帰国してきたの?」
「そ、そうよ!お父さんもお母さんもまだ仕事がたくさん残っているから、ひとまず先に私だけ帰国して、今はおばあちゃんと一緒に二人暮らししてるの!」
「そうなんだ、マホロちゃんってえらいね!」
「そ、そう?あはは……」
……言えないよ。
本当はまほうの国で、大事なオキテを破ってクラスメイトをカエルと石に変身させてしまった罰で追放されました、だなんて、絶対に言えない。
嘘をついてしまって、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
でも、おばあちゃんと暮らしているというのは本当だ。
私のおばあちゃんは、フェアリス王国の元女王様だったの!
引退した今は、人間界でお花屋さんを経営しながら一人で暮らしている。
なんでも、人間界のごはんが大好きで、この地に移住して、おいしいものをたくさん食べることが長年の夢だったと言っていた。
だから私は今、そんなおばあちゃんの家で一緒に生活している。
私が人間界へやってきたとき、おばあちゃんはすごく驚いていた。
まほう界のオキテを破って追放されたことを話しても、『ずっとここにいていいからね』と優しくそう言ってくれた。
「(でも、私はずっとここにいる気はない)」
だって、私の夢はまほうの国『フェアリス王国』の女王様になることだもん。
まほうが使えないこの人間界に、ずっといるわけにはいかない。
一刻も早くフェアリス王国に戻って、まほうの勉強をしなくちゃ。
フェアリス王国の元女王様をやっていたおばあちゃんから教えてもらった、元いた国に戻るための、たった一つの方法。
私はそのために、今日から頑張るって決めたんだから──。
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