【短編】全ては産まれた子供を確認してから

直三二郭

全ては産まれた子供を確認してから

 おぅ、待ってたよ。しかしこんな所まであんた、よく来たな。

 歩いて来たの、何で? 車は別に麓のパーキングに置いて来なくても良かったのに。うちは見ての通り山の上の一軒家だ、周りは余ってるんだから、十台でも止めれるよ?

 どうする、一回取りに戻るか?

 遅れても俺はいいけどな、仕事は息子に取られちまって、毎日が暇なんだよ。

 もう大丈夫って言ってるのにな。確かに左半身はあんまり動かせないけど、リハビリは続けているし、大丈夫だから退院したんだよ。

 一応車も動かせるって許可も取ったし、喋る事も普通にできる。聞いたら俺は軽い方らしいよ?

 連れ添いなんて俺が大丈夫って言ったらもう心配しなくなって、今日だってむすめ達三人で赤ん坊の物の買い出しと、ついでに飯と甘い物を食べるとかで朝から行っちまった。    

 前から仲が良いんだよ、あいつらは。

 そうそう、俺の孫ももう結婚してて、あと何ヵ月かで孫にひ孫が生まれるんだよ。

 うちの家系は結婚が早いんだ、何でか。あ、子供が生まれる前に結婚してるからな。俺たちの歳じゃそれが当たり前なんだが、最近は違って子供が出来てから結婚するのが多いらしいな。

 それでな、こういう物は女が揃えるもんだって俺の連れ添いが言い始めて、むすめ二人も乗っかって、だから今日はまだ新婚だってのに婿が嫁に置いてけぼりにされたんだよ。

 本当はその為に今日は休みにしてたのにこうなっちまって、だから婿は寂しくて泣いてるだろうからって、今は畑の方をやらせてるんだよ。

 本当は行きたかっただろうに、ついて行こうとしたら男は来るなって言われたらしい。俺も連れ添いも戦後生まれなんだけど、言ってる事は戦前みてえだよ、なぁ?

 それにしてもあいつ、俺が入院中に勝手に山の中の畑にキャベツ植えやがって。

 キャベツは俺は作った事無いからって、おとうさんには触らせない、置いて行かれた婿二人でやるから手を出すな、だとよ。鬼嫁ならぬ鬼婿だな、あれは。

 それで今日は『少し不思議』な話を聞きたいだったよな。確か入院中に誰かに話したから、誰かから聞いたんだろ?

 いいともいいとも、どんどん聞いてくれよ。この話が人が聞きに来るまで有名になるとは思わなかったな、そのうちあれかな、テレビも聞きに来るかな?

 でもそれは面倒だよな。テレビって金を払わない癖に偉そうにしてるんだろ?

 あんたはその点は違うよな、これをちょっと言うだけで三人分の特上ウナギだからな。あそこから電話があったんだよ、俺の名前で予約がしてあって金ももう払ってるってな。あそこは昔っからの友達の店なんだよ、頼むのはいつも並みだけどな。友達のよしみで並の金で特上にしろって言ったら、友達のよしみで並を食べて特上分の金を払えって言われたよ。

 それはいいか、それと騙されてないかってのも言われたけど、もう金も払ってあってどう騙すってんだよなぁ?

 でもあんた、あんたの事はある程度しか信頼捨てないからな、あんまりべらべらと喋らないでくれよ?

 で、えーと、どこまで言ったけか、まだ全然喋ってないな。

 これには写真とか色々いるんだよ。ちょっと待ってろ。

 大丈夫だよ、家の中をちょっと歩くだけだよ。これぐらいリハビリにもなりゃしねえよ。






 これが俺と連れ添いの結婚写真だ。俺は戦後生まれだからちゃんとカラーだよ。

 あの頃は紋付き袴と白無垢だ、ドレスなんかは無かったな。

 若いだろ、お互いに十九の時だ。俺は高校卒業してすぐに家業を継いだんだよ、見ての通り農業を。

 俺の親父は戦争に行って、帰ってから爺さんから言われたんだよ。農業をやれ、嫌なら息子を作ってそいつに継がせろ、じゃなきゃ好きな事はやらせない、って。

 ムチャクチャだよな、死んだ爺さん。でも明治の生まれだからな、あの時代は言われた通りが当たり前だったんだ。爺さんは戦争に行った癖に逆らえなかったんだそうだ、偉い人から命令されるのが当たり前になってたんだと。

 俺は別に農業は嫌いじゃなかったから、そう言われたからそうするか、で俺は農業を継ぐから親父は好きな事をすればいいって言って、親父とおふくろと兄弟姉妹は家を出る事になったんだよ。

 ああ、俺は多いのが当たり前の時代だよ。産めよ増やせよって知らないか?

 考えたら俺のばあさんとおふくろは仲が悪かったから、それもあって家を出たのかね?

 でも親父も俺を一人置いて出るさすがに悪いと思ってたのか、家を出る前に俺の嫁を連れてきたんだよ、それがこの写真の連れ添い。

 こいつは次の次の次の家の、顔見知りなんだよ。あの頃は親が子供の結婚相手を決めるのは減ってはいたけど、そこそこあった時代だ。

 親が決めても子供が嫌だって言ってもよかったんだけど、近くに住んでるから断ると今度は会った時に気まずくなるだろ?

 俺は嫌いじゃなかったし、連れ添いも嫌とは言わなかった。俺と歳も同じで卒業したら家業の手伝いをする予定だったらしくて、親同士の話し合いもあっさり決まって、卒業の次の月にはもう結婚してたな。

 次がこれだ、俺の子供の結婚写真。

 これも紋付き袴と白無垢だけど、この後で着替えてドレスも来てるよ、それは関係無いけど、一応そっちも持って来てるよ。

 俺は子供が一人しか産まれなかったからそりゃ可愛がったさ。これも早かったな。あの頃はもう女が大学に行って当たり前の時代だったな。大学のサークルで知り合って、卒業してちょっとして、結婚は二十四だったな。

 子供はまだできてはなかったよ、式が終わってすぐに出来たけどな。考えたら今回と一緒だな、これも血かね?

 で、これ。孫の結婚式の、ちょっと前の写真。どのくらいって?

 ちょっとはちょっとだよ。この歳になると十年だってちょっとだよ。でもまあさっき言ったろ、新婚だって。そのぐらい前だよ。

 この時も紋付き袴に白無垢で撮って、ドレスに着がえて撮って、なんか最近の奴はバンバン撮るのな。

 何回か着がえる度に写真撮ったけど、多すぎやしないかね?

 まあ俺も撮って貰ったけどな。これが俺と連れ添いと花嫁の三人で、婿を入れたのはこっち。婿の姿何て背広着てるのと変わんないだろ、それよりも嫁の写真だよ。

 並ぼうしたら孫の友達から先にいいって言われてな。ついでにこれも送るあれも送るって言われて、スマホはあんまり使ってないって言ったら、じゃあ印刷して送るって言われたんだよ。

 いや、若い奴にもいい奴はいるよな、やっぱり。さすが俺の孫の友達だ。今は二人とも俺の孫だし。

 この三枚が『少し不思議』な訳だ。『少し不思議』な話じゃなくて『少し不思議』な写真だな。

 どこにも不思議じゃないって?

 そう思うだろ、俺も最初はそう思った。

 実はな、比べるから俺が持って来てたんだよ、この二枚の写真を。

 最近は写真を取ったらすぐに見れるんだろ、だから比べたかったんだよ、三代を。そう言ったら孫の友達が持って来た二枚も何かして、すぐに比べる事ができたんだよ。

 比べて見てて、おう、俺のがやっぱり一番だろ、って言ってたら孫の友達から言われたんだよ。

 この嫁三人、同じ人じゃねえのか、って。

 今はすぐに加工ができるんだろ、だから悪戯して嫁の画像を全部同じにしたんだろうって。

 それを聞いて俺は、笑いながら早く戻せって言ったんだよ。めでたい席だ、これぐらいの悪戯は多めに見るさ。

 でも誰も戻そうとしないんだよ。全然戻さないからこれは怒るべきかと思ってたら、言われたんだ。

 誰もそんな悪戯してないって。嫁と母と祖母は血が繋がってるんだから、似てて当然だろうって。

 そう言われた俺は言ったんだよ。

 そんな訳あるか、この三人は義理の親子だぞ、ここまで似る訳ねえだろ、親子三代血が繋がってるのは婿の方だ。嫁三人は親戚でも何でもねえよと。

 そうなんだよ、ドレスじゃ似てるように見えないけど、白無垢じゃ同一人物にしか見えないんだよ。

 ほらこれ、もっと見てみな。白無垢姿は顔が似てるなんてもんじゃねえだろ。

 これが『少し不思議』だよ。不思議だろ?

 まああの時は結局、化粧が厚すぎてすげえ似た他人になったんだろうよ、で済んだけどな。

 この三人は妙に仲が良くて、今日みたいによく一緒に出かけてるんだよ。

 え、嫁が俺の孫じゃないかって?

 違うよ、さっき言ったろ。婿の方が孫だよ。俺の息子は一人息子だし、息子の息子も一人息子だ。

 ああ、勘違いさせたか。でも嫁って呼んだら相手はそりゃ婿だろ、最近は違うのか?

 孫の嫁の家族も見たらびっくりしてたけど、親戚はいないってよ。千年ぐらい遡ったら親戚かもしれないけどな。

 だから結局は化粧が濃すぎて同じ顔に見えたんだ、それだけだよ。何しろあんだけ化粧したらどんな素顔でも同じ顔に見えるかもよ。

 おっと、そんな顔して怒るなよ。聞きに来たのはお前さんだからな。

 え、俺の連れ添いの家族はもう俺達だけだよ、歳だしな。戦争で連れ添いの親戚は居なくなったらしいし、一人っ子だったよ。家が近かったから義理の両親はきっちり俺達で見送ったよ。

 息子の嫁は、息子と知り合った時にはもう誰もいなかったそうだ。何でも事故だったらしいんだけど、連れ添いと仲が良いにはそのせいかね?

 ……なんだよそんな真剣な顔をして。ひょっとして実は孫の嫁とは知り合いなのか、本当はそれを聞きに来たのか?

 ……まあ隠してたわけじゃないし、隠してくれとも言われなかったから話すけど、本当にあんた知り合いじゃあないんだよな、帰ったら本人に話していいんだよな?

 そうだよ、孫の嫁は養子だったってよ。でもな、あの親と娘は親子だったよ、ちゃんとそういう繋がりを作っていたし、もう俺の孫でもあるんだからな。

 俺? 俺は兄弟姉妹沢山いたよ。なんやかんやでもう全員亡くなっちまったけどな。

 親父や爺さんはなあ、親父はあの当時にしては珍しく一人っ子だったな。爺さんはわかんねえよ、明治時代だぞ。

 ……何だい、もう帰るのかい。やっぱり何かあるんだろ?

 なんだ、連絡があったのか。マナーモードにしてたから俺は気がつかなかったのか。

 さてはあんた、仕事をサボって来たんだな。平日だもんな、普通に来るのはおかしいもんな。

 そうだな、そろそろウナギを食べに行く時間だ。もう一人ぐらい楽に乗れるから、麓の車まで送って行こうか?

 聞かれて欲しくない連絡って、後じゃダメなのか。今すぐ必要、そうなのか。

 この写真を撮りたいって、まあそう言われると思って一応三人からの許可は貰ってるよ。当たり前だろ、そりゃ今日こんな人が来るって言うよ。隠したら怪しくなくても怪しいだろ?

 ああ、気を付けて帰ってくれ。……後、嫁達に何かあったなら、一応俺にも教えてくれるか?





 目的を終えると大急ぎで上司に報告し、指示を仰ぐ。何しろ今回の『少し不思議』な話は、過去形ではなく現在進行形なのだ。

 正直に言って、何をしなければいけないのか、まるで分らない。

 しかし連絡した上司は全く騒がず、まずは今日あった男の祖母と母親、そして妻を詳しく調べるという命令だった。

「昔の話ではなく、今現在も動いている『少し不思議』な話に触れてしまうとは。無事でいられるのでしょうか」

 今の所は犠牲者は出たという確信は無い。

 しかし今日会った男の兄弟姉妹について、関係が有ったのか無かったのかを調べる必要があると言われた。

 今後はどうなるか予想ができない以上、これ以上接触するわけにはいかない。

 少し不思議は少し不思議のままで言なければならない。

 その為に私たちは活動をしているのだ。

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