依存するから、見たくない。

三門兵装

解法に蓋をする

 一番をとれ、それが親の口癖だった。何にしてもそうだ。私を無機質な人形のように扱うくせして、結局のところ才能の無い私に求めるのは自主的な努力。


 「もっとやれ」「そんなことをしている時間はないでしょう」人間は人間が嫌いになる。同族嫌悪、っていうのもなんとなくわかるような気がした。


 勉学で一番を。一番を一番を一番をと、人に強要させて何が出来るっていうんだ。


 案の定強要されて自主的にやる気など起きやしない私は模試でも精々上位数%、そんなものだ。そう、そんなもの。そんなもので許してもらえるのであれば、今頃苦労なんてしていない。


 中学の頃、県内模試で一番をとった。初めて努力が報われたような気がして私は嬉しかった。


 でも、違ったんだ。私は嬉しいと思ってんだ。そう、その時は嬉しくて手嬉しくて何も考えずに親に見せた。見せてしまった。

 でも帰ってきたのは「そう」のたった一言だけ。

 ふざけるなよ、そうとすら思えなかった。ただ、心にぽっかりと穴が空いた。きっとその時に私の感情と鬱憤をため込んでいたであろう心臓も逃げ出してしまったんだ。


 それから私はどうやら人並み以上に━と言っても当たり前だから、それこそ我を失ったかのように━勉学に励んだらしい、それこそ模試は血反吐を吐くほど勉強すれば点を取れる、点を取ればば一番に近づく。馬鹿らしいとは思うがそんなことでも考えていたのだろうか。結局高校生活では青春のせの字すら感じることなく全てを勉学に捧げた。


 お陰様でというべきか、お生憎様というべきか。国内で一番の大学には進学した。まぁ、お生憎様。なんてことを人前で言った暁には私が私刑リンチにすらされてしまうかも知れないが、強要された身の上からか、そう思ってしまうのだ。


 目の前に広がるのは白い壁、真新しいキッチン、程よく日差しを取り込む窓。そう、私の新居だ。と、言っても賃貸ではあるのだが。あぁ、嫌だ。こんなに清々しい場所であんなに陰鬱なことを自発的に考えてしまうなんて。…はぁ、そんなことを想う自分にも嫌気がさす。


 よくよく思い返してみると、親からの束縛と押し付けは太く切れない綱のようで、ずっとなくならないと思っていたのかもしれない。


 けれども、ここに親はいない、ここに綱はない。今こうやって真っ白な壁に囲まれると自分もそこへ溶け込みそうになる感覚さえも覚えてしまうのだ。


 親からの束縛もない今、私は暗闇の中にある細くて長い平均台のような道を歩めるのだろうか。


 この先が私にはわからない、私には怖い。勝手に、そうだ。自発的に思う。


 ほとんど衝動的にまっさらなスマートフォンを手に取って、緑のボタンを押す。


 プルルルル


 こんなことをしていいのだろうか。……けれども逆に私はどうすればいいっていうの?


 プルルルル


 どうすれば解ける?答えを、教えてもらう?……でも自分は考えなくてもいいの?答えを覚えてしまうの?


 ガチャ


 あぁ、制限時間だ。私の、答えは━


 「ねぇ、お母さん。私、さ」



 分からないんだ。あんなに問題に向き合ったのに。


 ……なんてね、違うんだろうな、きっと。私は目を逸らしてたんだ。一番近くにあったのに、一番解くべきだったのに。

 でも、解けなかった。今まで見たこともなかったし、似た問いも今まで解こうとしなかったから。


 だから、分からなかったんだ、最後まで。



 「……どうしたらいいの?」


 そう言って私は目を逸らす。気づいたのに、……いや、気づいてしまったからこそその憎い心を投げ捨てるために。私には太い綱がある。それでいいじゃないか。お人形が今更何を望む?

 解法に蓋をしたほうが点を取れる問いもある。これはそうだ。私の親からも、そして私にとっても邪魔なだけ。


 ねぇ、教えてよ。


 私さ、どうしたらいいの?

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依存するから、見たくない。 三門兵装 @sanmon-3

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