管理人考察④

マンション住人に対する取材終了後、編集部と管理人との間でオンライン会議が開かれた。その中で交わされた会話の内容を以下に文字に起こして転記する。


――――――――――


編集部「いろいろと新しい事実が明らかになって来て、頭がパンクしてしまいそうですね…」

管理人「とりあえず落ち着きましょう。私はなんだか、自分がやらなければならないことが少しずつ見えてきたような気がしています」

編集部「やるべきこと、ですか?」

管理人「とりあえず新しく集まった情報を整理していきましょう。例のマンションに関して、新たに判明した事実が多すぎますから」

編集部「そうですね…。事前に我々が予想していた通り、あのマンションがいろいろといわくつきであったことに違いはありませんでしたが…」

管理人「最初我々は、あのマンションは自殺多発物件で非常に危険なもの、そしてそんな不気味な物件に入居を希望する者など少ないのではないかと分析していました」

編集部「そうです。しかしそれがまさか…」

管理人「えぇ、現実は反対でしたね。あのマンションには入居者が集まらないどころか、むしろ入居を望む声が多数寄せられていて、需要に供給が追い付いていない状態であると」

編集部「最初に手に入れた広告チラシには確かにそう書かれていましたが、あれは誇張でもなんでもなかったのですね…。どうせ通販番組のような、事実とは異なる書き方をしているものだとばかり思っていましたが、まさか本当にその通りだったとは…」

管理人「しかもその、入居を希望する人の声が後を絶たないという理由。あのマンションに入ると死別してしまった大切な人に再会することができるという、にわかにはとても信じられないものでした。…彼らがどこまでそれを本気で言っているのかは分かりませんが、それを言っているのは一人や二人でなく、我々が取材を行った住人の全員がそう言ったわけですから、おそらくあのマンションに入居している人たちの全員がそう思っているのでしょう…」

編集部「あのレビューチラシの内容が添削されたものであったことを知った時は、この仕事を初めてトップレベルの恐怖を感じましたね…。全員が口をそろえてそんなことを言っているとは、不気味を通り越して恐怖というものです…」

管理人「だからこそあのチラシを作成した責任者も、さすがにこの内容ではまずいと思って内容を一部カットしたのでしょうね。せめて見た目だけでも綺麗なものにしようと」

編集部「入居者に高齢者が多い理由も、取材のとおりであるなら納得です。しかし、これはいくらなんでも…」

管理人「えぇ、いくらなんでも信じがたい話です。しかしここまで話がつながってしまっている以上、我々はこれらを事実として受け入れて調査を行っていくしかありません…。」

編集部「そうですね…。これらの事を本気で信じていると周囲の人々から思われるのはあまりよくないかもしれませんが、ここまで調べてきたものをばかばかしいと切り捨ててしまっては何も残りませんからね…。管理人様の言う通り、これらを事実と受け入れて調査を進める方がおそらく良いでしょう」

管理人「そうです、そうですよ!この世界では、普通に生きていてもいろんな不思議な事が起こります。きっとこれもそのうちの一つなのですよ」

編集部「では、管理人…。これらの情報をどう分析されますか?」

管理人「はい。これは証拠などなにもない、完全に私の推論ですけれど、おそらくそういった事情はあのマンションで飛び降り自殺が多いことと関係していることと思います。ただ分からないのは、仮に、仮に本当にあのマンションに住めば死者に会うことが叶うのだとしても、それがどうして飛び降りる理由となるのでしょう?死んだら会えるという考えであれば、わざわざあのマンションに入って自殺する理由にはならないですよね?逆に言えば、生きている状態で死者に会えるからこそあのマンションに入る価値がある、はず…。死ぬならどこでだって死ねますからね…」

編集部「それは私も考えたのですが……もしかしたら、住人の方が言っていた”窓の外”につながるのではないですか?」

管理人「…と、言いますと?」

編集部「自分の部屋の窓の外に突然、死んでしまった最愛の人の影が現れたとしたら、その喜びのままに部屋の窓から飛び出して、結果的に飛び降り自殺をしてしまうという可能性はあるのかな、と思ったりしたのです…。その影は決まって建物の西側に現れると言っていましたよね?実は私あの取材の後、あのマンションの屋上に上がってみたんです」

管理人「い、いつの間に…。カギとか掛かっていなかったんですか?」

編集部「えぇ、誰でも自由に入れるようになっていました。まぁ屋上からの飛び降り自殺は確認されていないので、閉める理由もなかったのかもしれませんが…」

管理人「それで、屋上にはなにかあったんですか?」

編集部「いえいえ、何かを探しに行ったわけじゃなくって、何が見えるかを確認しに行ったんです。周辺の建物の立地は地図を見れば分かりますけど、実際に見える景色は目で見てみないと分からないじゃないですか」

管理人「なるほど。それで、どうだったんですか…?」

編集部「屋上に上がって、そこから西側に何が見えるかと思ってその方向に視線を移してみたのですが、なんとそこからは矢野咲来ちゃんの転落事故があった廃アパートがばっちり見えました。それも咲来ちゃんが転落したという屋上から、死亡に至ったという道路までばっちりと」

管理人「それは……まさに、当時矢野さんが見た景色と全く同じ景色が…?」

編集部「えぇ。これも証拠など何もない話ですが、なにかつながっていると思われませんか?」

管理人「確かに…。つまりまとめると、あのマンションの西側には矢野咲来ちゃんが死亡した廃アパートが位置している。そして咲来ちゃんの父親である矢野遥人さんは、その日偶然あのマンションの屋上におり、咲来ちゃんが転落する様子をその目に見てしまった。当然それはショッキングな光景だったものの、矢野さんにとって咲来ちゃんのその姿は人生最後の瞬間で、別れの瞬間には立ち会えたという事になる…。そしてそれを因果にして、あのマンションには死んでしまった愛する者に会えるという噂がまことしやかにささやかれることとなり、自殺多発物件でありながら同時に入居希望者の絶えない物件にもなった、と…」

編集部「集められた情報から考えると、それが一番筋の通った話になるかと…」

管理人「…まったく、本当に信じられない話ですね…」

編集部「えぇ…。私もまさかこんな内容の記事を扱う日が来るとは、思ってもいませんでした」

管理人「いえ、そうではなく、XXという連中についてですよ」

編集部「…ど、どういう意味ですか?」

管理人「あれかわ私もいろいろと考えてみたんですが…。なんだか、真っ当な人たちの人生がこのXXというやつらのせいで狂っていってるみたいじゃないですか。しかも当事者たる本人にはなんのダメージもないし、罪の意識も全く感じられない。私にはむしろ、こいつらこそが死んで消えてしまった方が良い側の人間なんじゃないかと思えてならないのです」

編集部「お、落ち着いてください管理人様。まだまだ我々は真実のひとかけらもつかんでいません。やるせない気持ちを抱いているのは我々も一緒なのですから、あまり攻撃的なお言葉は慎んでください」

管理人「……」

編集部「そ、そうだ…。やるせないと言ったら、もう一つ新しい話がありましたね。ほら、矢野咲来ちゃんの最期に関する…」

管理人「あぁ、実は自殺じゃなくって事故だったんじゃないかって話ですか?…それにもXXが関わっているのならもう本当に許せない話ですが…」

編集部「で、ですから落ち着いてください管理人さん!分かりました!それならもういっそのことあのマンションの責任者様に直接取材を申し込みましょう!こういった内容で取材を申し込むのはなかなかに前例のないことですが、管理人様がそこまで不信感を抱かれるのでしたら、白黒はっきりさせましょう!」

管理人「…そうですね。私もなんだか、最近の自分の様子があまりよくないような気がしてきていますから…。よし、これはもう会ってみるしかないですね…。我々が追う名字の持ち主でもある、あのマンション責任者のXX真司さんに…」

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