届出のあった行方不明者を探しています。

平成10年12月8日午後18時30分ごろ、○○県○○市西区に住む矢野遥人さん(当時45歳)が行方不明となった。当時矢野さんは一人暮らしであったため、彼の元を訪れた親戚の人間が彼の失踪に気づき、警察に届出を行った。以下は公式に発表された矢野さんの行方不明者情報である。


――――――――――


公表番号105 行方不明者詳細情報


■行方不明の年月日時

 平成10年12月8日午後18時30分ごろ


■受理警察署

 ○○警察署

■受理番号

 第105号

■受理日時

 平成10年12月11日午後13時22分


■氏名

 矢野遥人

■性別

 男性

■年齢

 行方不明当時45歳

■身長

 165cmから170cm程度

■体型

 やせ型

■血液型

 A型


■着衣(上衣)

 黒の無地でオーバーサイズのTシャツ

■着衣(下衣)

 黒色長ズボン

■所持品など

 ○○○○の黒色スニーカー着用

■身体特徴

 前髪長めの黒色短髪


このページをご覧になってお心当たりのある方は、下記までご連絡ください。


■お問合せ先

 ○○県警察本部 生活安全部 人身安全対策課 保護・行方不明対策係


――――――――――


この行方不明事件は今に至るまで未解決であり、矢野さんは依然行方不明のまま、生死のほども判明していない。

しかし先日、この行方不明事件とかかわりがあると思われる情報が当編集部に宛てて寄せられた。情報提供者によれば、同じ情報は問い合わせ先警察本部にも提供したものの、失踪事件から時間が経ちすぎてしまっていたためか、あるいは情報の内容がやや信憑性に欠けると判断されたためか、あまりまともには取り合ってもらえなかったようである。

以下に、当編集部に宛ててよせられた内容をそのまま転記する。しかしこの連絡は電話にて行われたため、ここではその会話の内容を可能な限りそのまま文字に起こし、順に記載する。


――――


突然のご連絡、申し訳ございません。実は皆様にどうしても調べてほしい事がありまして、こうしてご連絡させていただいている次第です。すでに警察の方にも話はさせていただいたのですが、あまり真剣に取り合ってもらえている様子が感じられず、これではだめだと思って皆さんに頼らせていただくこととしました。


単刀直入に申し上げますと、私、例の行方不明者である矢野遥人さんをこの目で見たのです。失踪事件からもう25年くらい経っているわけですけど、リストに載っていた写真と今の姿はそこまで変わりがなくって、しかもリストに書かれていた当時のままの服装で私の前に現れたのです。場所はあるアパートの前でした。矢野さんはそのアパートの前の道路か何かをじーっと黙って見つめていて、なんだかまるで人形みたいな雰囲気でした。でも、私には間違いなくその人が矢野さんだって分かったんですよ。

というのも、私が矢野さんを目撃するつい数日前に、運転免許の更新の関係で○○県警の公式サイトを見る機会があったんです。で、その時に興味本位でサイトの中を適当に見て時間をつぶしていたら、ふと”行方不明者リスト”っていうページが目に入ったんですよ。別になにか自分が情報を持っているとか、いなくなってしまった人の事を本気で探したいとか、そんな気があったわけではないんですが、本当に何の気なしに、ただただ興味本位でそのページを開いてみたわけです。そしたらそこには10人くらいの行方不明者の詳細なリストが載っていたんですが、それを見た私はなんだか妙に気分が高揚したんです。非日常的な情報に触れたからか、なにか自分もドラマの中の警察官になったかのような、そんな感覚が心の中に沸き上がったのかもしれません。理由もなく上から順番に行方不明者の詳細情報を眺める中で、私はある人のページで目が釘付けになりました。それが矢野さんだったんです。

なぜかというと、これもほんの些細ささいな理由なのですが、矢野さんの失踪届を受理した警察署が僕の住む家のすぐ近くだったんですよ。僕が今いるこの家のすぐ近くで失踪事件があったんだって考えたら、なんだか胸がぞわぞわしたというか、ちょっと怖かったというか、そんな感情が沸き上がってきたんですね。それで私は、そのページに書かれた矢野さんの情報にくぎ付けになりました。ページには一緒に当時の写真が貼られていたので、もし見かけることがあったら警察に連絡しようと思って必死に顔を覚えましたね。でも、まさか本当に会うような事があるとは思わないじゃないですか?だからその日は適当に作業を終えて、そのまま日常に戻ることにしたんです。

すると、まさにその次の日ですよ。私はその日仕事が休みだったので、コンビニにお昼を買いに行こうと思って外に出たんです。そしたらまさに、まさに昨日県警のページで見ていた矢野さんがそこにいたんです。他の人がどうして気づかないのか、最初は不思議に思いましたけど、それも考えてみれば簡単に説明がつきます。だって県警の行方不明者リストなんて、正直な話、よほど変わった人でないと見ないと思いませんか?わざわざ定期的に世のため人のためにあのサイトをチェックしている人がいるとはなかなか思えませんし、しかもその失踪者が25年近く前の人ならなおさらでしょう。私のような奇跡的なタイミングであのサイトを見た人間でもない限り、あれが矢野さんだと気付くのは非常に難しいことだったでしょうからね。

彼がそこで何をしているのかは全く分からないですけど、でも間違いなく矢野さんだったんですよ。だから私、すこしうれしくなってしまって。本当ならそのまま110番して警察官に来てもらって、その場で保護してもらうのが一番だとは思ったんです。ただ、そういう奇妙ないきさつを経てしまっている私ですから、ここでどうしても矢野さんの様子を観察したくなってしまい、そのまま近くの建物の陰に隠れて矢野さんの様子を観察し始めたんです。その時はもう時間が経つのも忘れてずっとずっと矢野さんの顔を見つめていましたね。それで、やっぱり思ったんです。矢野さん、本当に写真と変わらないなぁって…。

それからしばらくの間は最初に言った通り、廃アパートみたいな場所の前に立って、その前を通る道路の事をじーっと見つめていたんです。でも、矢野さんは前触れもなく突然にその場から歩き始めたんです。いきなりの事だったんで私も一瞬固まってしまったんですが、急ぎその場から足を動かして、こっそり矢野さんの後をついていくことにしました。矢野さんの足取りは軽かったですけど、どこか私は違和感を感じていましたね。うまく言えないんですけど、自分の足で歩いているっていうよりも、なにかこう…誰かに導かれているような、呼ばれているような、そんな感じの歩き方だったんですよ。

矢野さんから引き離されないようにその後ろをついていった私ですが、目的地にはすぐにつきました。そこはどこにでもあるようなごくごく普通のマンションで、矢野さんはそのマンションの中にそそくさと入っていきました。そこまで見て私は納得したわけです。なるほど、矢野さんは今ここに住んでるのかって。というのも、そのマンションは正面の玄関から入った後、中に入るには外から見えるガラス張りの通路を必ず通らないといけない構造をしていたんですが、彼はきちんとその通路を通っていきましたから。だからいたずらで入ったとか、興味本位で入ったというわけではないわけです。

でもそうなると、果たして警察に通報するものかどうかと悩みますよね。だって矢野さんはおそらく今の生活になじんでいるわけで、それをわざわざ連絡して面倒ごとを増やすまでもないのではと考えたんです。矢野さんも私も、きっといろいろと話を聞かれることになって大変でしょうから…。

それでどうしようかと悩んでいたところを、私は一人の男性に話しかけられました。きっとマンションの前で私がそわそわしていたから、不審に思ったんでしょう。無理もありません。私はその男性に包み隠さず、自分が見たことをお話ししました。もちろん、矢野さんの事も。するとその男性はやや呆れたような声で、こう言ったんです。「なんだよ、また出たのかよ…」って。私は思わずその男性に聞き返しました。「また、ってなんですか?彼はこのマンションの住人ではないのですか?」と。するとその男性は、やや重苦しい雰囲気を放ちながら私に説明を始めてくれました。

その男性はこのマンションの住人だそうで、矢野さんに関しての話はよく知っているそうです。というより、このマンションの近くに住まう人の間ではよく知られた話だと。


実は矢野さん、失踪する直前に最愛の娘さんを自殺で亡くしているそうなのです。


娘さんの年齢は当時10歳で、名前は咲来と書いてさくらちゃん。非常に可愛らしいと近所でも評判の子だったそうです。しかしある日突然、咲来ちゃんは一家の住んでいたアパートの屋上から飛び降り自殺をしてしまったのだと。そしてそのアパートというのが、先ほど矢野さんがじっと立っていたあの廃アパートだというのです。さらに、さきほど矢野さんがじっと見つめていた廃アパート前の道路。あそこはまさに当時、屋上から飛び降りた咲来ちゃんが亡くなってしまった場所なのだと。自殺が起こった時の状況は非常にむごたらしく、あのあたり一帯の道路に落下の衝撃で咲来ちゃんの体から飛び出た脳みそや内臓などが散乱してしまったそうです。現場には居合わせた人々の悲鳴がとどろき、騒ぎは瞬く間に大きくなっていきました。矢野さんはその時、偶然仕事の関係でその近くにいたらしく、悲鳴を聞いた彼はすぐさま現場にむかったそうですが、その状況から咲来ちゃんが助かろうはずもありません。娘のもとにかけつけた矢野さんの前に広がるのは、ただただ無残になった娘の体の肉片たち…。それはもう、言葉では言い表せないほどのものだったことでしょう。しかし矢野さんはあまりの光景に現実が理解できなかったのか、そのまま道路上にひざまずくと、なんと散らばった彼女の肉片を必死に自身の手元に引き寄せ、彼女の体の中に戻し始めたそうです。手のひらも腕も血で真っ赤に染めながら、絶望の声を上げながら無我夢中でで娘の体を集めていたと…。

矢野さんが失踪することとなったのはその直後であり、同時に矢野さんの奥さんもすぐに姿を消してしまったと。しかし精神をより病んでしまったのはむしろ奥さんの方だったらしく、彼女は後に動機不明の殺人未遂容疑で逮捕されています。現在は刑期を終えて出所しているそうですが、以前その行方は分からないままであると…。


男性はそこまで話を終えた後、私にこう言いました。「ここでは”矢野”の姿が良く目撃される。奴がなにをしたいのか、なんのためにここに来るのか、それはさっぱり分からない」と。

男性は私にそう説明した後、「好奇心があるのは良いことだが、あまり関わらない方が良いよ」と言って私の前から立ち去っていきました。しばらく放心状態だった私ですが、一応は知らせなければと思い警察にすべての事をお話ししました。しかしあまり真剣に取り合ってもらえている様子もなく、なあなあにされてしまったというわけです。

彼の正体がなんなのか、なぜあのマンションを訪れているのか、私には全く理解ができません。どうか編集部の皆様のお力で、真実を明らかにしていただきたく思います。なにとぞよろしくお願いいたします。

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