旅の道中には美女と死体が溢れてる

鈴宮幸成

第1話 よって私はコンビニバイトを辞めた。

 コンビニバイトの店員の入れ替わり具合は中々高い。だから、私はいつ辞表を店長に突き出しても違和感なく辞めることができただろう。実際、仲間であった人たちは次から次へと移り変わり、大して親しくもならずにお互いそれぞれの顔を忘れていった。私は別に構わなかったが、店長はそれに、辞めちゃったかぁ、と残念そうに言っていた。店長の下手な猫の被り方が嫌で辞めていった人はそこそこいたのだが、私がコンビニバイトを始め、辞めるまでの1年半、ついに店長の性格は直らなかった。直す必要をある程度の数の店員に求められていることすら、店長は気づかなかった。こう書いていると、私は店長の性格に辟易してコンビニバイトを辞めたかのように聞こえるかもしれないが、別に、これについても私は大して気にしていなかった。嫌いな人を受け入れるには、まず自分の脳みその形を変えなくちゃならない、という祖母の格言のおかげであったかもしれない。私がコンビニバイトを辞めたのは、単純にお金が貯まったからだ。総額五十万円。コンビニバイトの給与だけを入れるようにしている口座のこの数字を見たとき、私の中でなにかコンビニバイトを惰性で続けさせていたものがプツッと切れたのだ。多分、区切りの良い数字を見ると、私は無敵になるのだと思う。私はその日の内に店長に辞表を出し、それはしっかりと受領された。私はそれから最後の勤務まで店長に会うことはなかったが、きっと、辞めちゃったかぁ、と誰かに言ったのだと思う。あのコンビニに最終的、恒久的に残るのは、店長ただ一人なのだと思うと、店長は60近いくせにずっと一緒に、自分と仲の良いお友だちが欲しかっただけなんじゃないかと思った。いい推理だ。と頭のシャーロックが言った。私は勝手に店長が可哀想だなんて思った。調子に乗るなとワトソンは叫ぶ。さて、ともかく店長への五十万円の恩は、これで報われただろうと思った。私は脳の形が元に戻るのを感じた。

 一月の初め、正月を過ぎた頃、三学期初めに私たち某女子高校三年生は、この一日だけ学校に通うと、卒業式のある三月某日まで校門をくぐる必要がなかった。要は、長い長い休みの期間に、私たちは入ろうとしている。なぜそんな変則的なスケジュールなのかといえば、この高校は某大学の付属校であり、殆どの生徒がこの大学への進学を12月に確定させるため、生徒は学校に行く必要が無くなってしまうし、学校側も生徒を学校に招集させるような予定を立てないのだ。

 さて、困った。コンビニバイトを辞めてしまった以上、この三ヶ月は暇をもて余すに違いない。暇でいることが中々焦れったいことはバイトで散々思い知っていた。父にこのことを話すと、旅に出ろと言った。あのでっぷりとした腹を持っているくせにアウトドアな提案がよくできるなと思ったが、存外いいアイデアだった。

 そして、始業式の間ずっと、私の頭の中では日本地図が広がり、その至る所に赤いピンが刺さっていた。行ってみたいなと思う場所に片っ端からピンは刺さっていた。鎌倉、伊豆、京都、広島、仙台、函館……もちろん全部は行けないので、二三箇所程度に絞らねばならないが。

 頭の中で絞れそうで絞れないジレンマに苛まれながらああ、辛し。校長はいつの間にか話を終えていて(悪いね、話聞いてなくて)高校3年生はさっさと教室に帰れと、幸い3年間お世話にならなかった生活指導の先生が強面な顔から硬派なヤクザみたいな声を出した。正直、ああいうおじさんは苦手だ。

 体育館を出て教室に戻る最中、大量の女子が押し合いへし合い、満員電車ではあれ程触られるまいとする乳も私は構わず顔も心も何にも知らない見たこともない女共にぶつけまくる。

 ……いや、私にそんな立派なもんはない事は禁句よ。

 

 ……ムニッ

 ああ、凹むわ。胸囲の格差社会は深刻よな。

 思わず私は後ろを振り向いた。このムニッはただのムニッじゃない。私の勘がそう告げた。

 後ろに向いた私の視線はただただデッカいなんかに向いて、その後上に上がった。

 全校ざっくり900人、一学年だいたい300人はいるので、同学年でも知らない知らない人なんてザラにいるけれど、それだけいると何か突出したものを持っている人はある程度おり、必然的に有名になっている。なので、そういう人は大した交友関係を持たない私でも知っているのだけど、この後ろの爆乳を、私は今この瞬間に初めて見て、知った。


 えらい美人で、えらい巨乳で、えらい秘密を内面に潜めたその女のおかげで、結果的に私はその3ヶ月を充実した日々に昇華することに成功したのだった。私は自身の脳みそが変形する予感を感じた。

 

 

 

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旅の道中には美女と死体が溢れてる 鈴宮幸成 @suzumiya2007

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