187.素朴なおやつはいかが
お茶会のお伺いは、親しくても十日以上前に出すものだ。貴族夫人の常識を踏まえ、十二日後の予定を記載した。ヘンリック様に代筆を頼もうと思ったら、私が書いた方が喜ばれると言われたの。
時候の挨拶から始まり、あれこれと試行錯誤しながら文を認める。ビジネス文書と同じで、身についた教養ならいいけれど、私には足りない部門だわ。この辺は素直にフランクに教えを請うことを決めた。
何度も読み返し、何箇所か修正して清書する。時間を掛けた手紙に、ヘンリック様が封蝋をして発送した。半日近く潰れたけれど、それなりの文章が書けたと思う。
「疲れただろう」
お父様の労いを聞きながら、お昼寝を終えたレオンを膝に乗せる。
「大丈夫か?」
「ええ、レオンは軽いし……痛みもほとんどないのよ」
もっと大きく成長して重くなったら、膝に乗せるのが難しくなる。抱き上げるのも同じだった。ならば、今は触れ合っていたい。男の子だから、抱き上げられなくなる前に「カッコ悪い」なんて言い出す可能性もあるわ。
「おかぁ、しゃま……しょらとんら」
まだ完全に起きていないようで、舌っ足らずに拍車がかかっていた。レオンは夢の中で空を飛んだのね。羨ましいわ。素直にそう伝えたら、きょとんとした顔で首を傾げた。
「うままやし? う、ら、まや、し!」
どうだ、言えたぞ! そんな顔で胸を張るけれど、間違っているわ。ふふっと笑う私にレオンはぎゅっと抱きついた。両手を背に回そうと、目一杯距離を詰める。
「可愛いレオンが飛んでいったら、私は寂しいわね」
「うん、とばにゃい」
ぐずぐずと鼻を啜り、私の胸に顔を押し付ける。視線を感じた私が見上げると、ヘンリック様が小さく口を開けていた。視線はレオンに釘付けで、何か言いたげな雰囲気だわ。
ああ、そうなのね。きっと自分も、同じように甘えてほしいんだわ。頬を緩めて微笑みかける。わかっているわと頷いたら、なぜか目を逸らされてしまった。息子が可愛くて仕方ないのは、恥ずかしいことじゃないのに。
壁際のフランクが拳を握り、応援するような眼差しを送る。こういう焦ったい状況は、確かに我慢できずに応援してしまうわ。うんうんと頷きながら、レオンの黒髪を何度も撫でた。
「おかぁしゃま、おにゃか……しゅいた」
おやつを用意してもらう。甘い焼き菓子やケーキばかりでは、虫歯になるわ。糖分の摂り過ぎもよくないから、今日は素朴なお菓子にしてもらった。料理長に依頼したら、すごく張り切っていたけれど。
出されたお皿に並ぶ赤紫の塊に、エルヴィンや双子は目を輝かせた。見慣れた焼き芋に近づく。兄や姉と認識する三人が手に取る様子を見て、レオンは手を伸ばした。運んだマーサから受け取り、手の上で転がしている。
触れてみたけれど、熱くない。細長い芋を半分に割るエルヴィンは、皮ごと齧った。ユリアーナは皮を剥き、ユリアンもそのまま食べる。添えてあったバターに気付き、ユリアーナが上に乗せた。とろりと溶けて、垂れないうちにとかぶり付く。
温かなお芋を握りしめたレオンは、真似をして芋を割ろうとした。でもうまく行かなくて、唇が尖っていく。そっと手を添えて、ぐっと力を入れた。ぱくりと割れた芋から湯気が出る。
我が家では定番のおやつだった焼き芋、レオンのお口に合うかしら?
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