185.改革が必要 ***SIDE文官

 内政の責任者ケンプフェルト公爵は、その仕事ぶりから冷血公爵と渾名される。淡々と、感情を排除した決断を下すところ。人ではないと疑うほどの仕事量と、私生活を感じさせないところ。整い過ぎた顔立ちまで、人離れし過ぎていた。


 補佐をする文官が耐えきれずに倒れる中、平然と仕事をこなしていく。そんな公爵閣下が、ある日突然変わった。結婚を機に別人になったのだ。いや、違うな。結婚した当日も、花嫁を放り出して仕事に復帰した人だった。なのに、家族との関わり方を相談されるようになったのは、今から数ヶ月前だ。


 この書類を片付けておけ、とか。これはお前の担当だ、とか。冷たい命令口調ばかりの人が言葉を探しながら、妻は何を喜ぶかと相談された。正直、驚き過ぎて何を答えたのか、覚えていない。同僚の話では、普通に応対したようだが。


 混乱し過ぎて記憶が飛んでいた。その後もあれこれと相談される。幼いご子息がいた話など、初めて知った。私的な会話がなかった頃が嘘のようだ。


 長期休暇を取りたいと言われたのも、陛下の愚痴を聞いたのも、以前の俺なら想像もできなかった。お陰で夢かと疑う余地がない。


「公爵閣下、休暇を楽しんでいるかなぁ」


「あれだけ準備したし、大丈夫だと思うが」


「そもそも、閣下はもっと休むべきなんだよ」


 意見が出るたびに、わかると頷く。皆で首を縦に振りながら、淡々と手元の書類を処理する。国王陛下の署名の代わりを務める公爵閣下が休みなので、文官三人が署名してから宰相閣下の決裁をいただく。


 手間は増えたが、誰も文句は言わなかった。あれだけ仕事人間だった公爵閣下が、その仕事より大切な家族と過ごしているのだ。書類の不備や手配の不手際で中断させたら、王宮文官の名折れだろう。呼び出しをかけずに済むよう、きっちり仕上げていく。


 休暇明けの公爵閣下に、いつでもまた休んでいいですと示せるように。丁寧に確認し、小さな不備を潰し、署名をして回した。


「なあ、こうやって閣下の仕事をしていて気づいたんだが……仕事量が異常じゃないか?」


「それは俺も思っていた。文官の筆記具の購入申請に、閣下の許可がいるのはおかしいだろ」


「これなんて、侍女の替えの制服の申請だぞ」


「……改革、しちゃうか?」


 何もしなかった国王陛下が退位する。このタイミングは最高なのでは? 同僚達が悪い顔で笑い、きっと俺も同じ顔をしているのだろう。にやっとして頷き合う。


「誰に許可を貰えばいいかな」


「まず宰相閣下を巻き込むところからだ」


 俺はさらさらとペンを走らせ、改革の骨を組む。悪ノリした同僚が肉をつけ、見栄え良く皮を貼った。なかなかの出来じゃないか。仲間内で満足できる格子を組み上げると、今度は侍女長や執事などを引き摺り込んだ。


 難解な書類作成なしで、裁量による効率化が図れる。反対するのはごく僅かで、あっという間に賛成署名も集まった。さあ、宰相閣下と直談判に向かうか!

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