179.これからも友人です

 久しぶりにお目にかかったマルレーネ様は、痩せた……いえ、やつれた気がするわ。歩けたら駆け寄ったくらい、驚いた。


「マルレーネ様、お久しぶりにございます。その……体調が悪いのでは」


「いいえ、問題ありません。あなたに会う日を楽しみにしていたわ。アマーリア夫人、ケガをしたと聞いて心配していたの」


 帰るなんて言わないでね。念押しされて、もちろんですと応じた。レオンはきょろきょろした後、大きな声で素直に尋ねた。


「あのこ、いな、い?」


「後で呼ぶわね」


 マルレーネ様が約束したので、レオンは笑顔で「あぃがと」を返した。眩しそうに目を細めて笑うマルレーネ様は、隣に立つ王太子殿下を紹介する。


「王太子になったカールハインツよ。今後、ケンプフェルト公爵家が支えてくれると助かるわ」


「カールハインツ王太子殿下。我がケンプフェルト公爵家は殿下の後ろ盾となり、国の安定に力を尽くします」


 不思議な言い回しね。王家の後ろ盾ではないの? 王家の安定でもない。違和感に反応したのは私だけで、マルレーネ様を含めて誰も指摘しなかった。ルールに従った定型文なのかもしれない。私は黙ってやり過ごした。


「まずはこちらへ」


 案内されたのは、以前と同じ温室だった。植えられた花が変化している。侍女に連れられ、第二王子のローレンツ殿下と、ルイーゼ第一王女殿下が加わった。レオンを含め、歳の近い三人は手を繋いで走り出す。その背中を見送り、マルレーネ様は切り出した。


「これはもう決定事項なの」


 前置いて、今回の騒動の説明を受ける。国王陛下の無礼は各所に迷惑をかけており、流石に目に余る。晩餐で私が眉を顰めたように、王妃として限界を感じた。このままでは我が子の未来が心配になり、宰相らと話し合って決めた。だから気に病まないで受け止めてほしい、と。


 一気に説明を終えたマルレーネ様は、軽く首を傾げた。ちらりと視線を向けた先に、不安な顔をしたヘンリック様がいる。なるほど、二人がこそこそ手紙をやりとりしていたのは、この件だったのね。


 浮気の心配はしないけれど、気にはなっていたの。


「皆様がお決めになられたなら、私は反対致しません」


 微笑んで伝えた。国王陛下があの状態だと知って、最初に思ったのはヘンリック様のこと。仕事量が多く、泊まり込んで片付けるなんて異常だった。絶対に誰かの仕事を押し付けられていると踏んだけれど、それが陛下だったなんて。


 いいえ、考えてみれば辻褄が合うのよ。陛下以外に、筆頭公爵であるヘンリック様へ命じる人はいない。王妃の地位にいるマルレーネ様がご苦労なさったのも、王女殿下が我が侭になったのさえ……全部陛下のせいだわ。


 私を不愉快にさせたように、誰かに迷惑をかけ続けたなら……今回の譲位は誰も反対しなかったのでしょう。


「それで……その……お願いがあるの」


 おずおずと切り出したマルレーネ様は、車椅子に座る私の前まで歩いて屈んだ。見下ろす形になり居心地悪い私の手を包むように握り、眉尻を下げて尋ねる。


「これからも……お友達でいてくれるかしら」


「っ! もちろん、マルレーネ様は大切な友人です」


 今までも、これからも。両方の意味を込めて微笑み、手を握り返した。

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