178.公爵夫人らしくは遠い

 寝台馬車へ乗り込み、三人で王宮へ向かった。寝転がって移動したら、ドレスがシワになるわ。ヘンリック様にそう伝えたら、控え室を用意されているらしい。そこで着替えてから、王妃マルレーネ様と王太子になられたカールハインツ殿下にお会いする。


 説明を受けて、ロングワンピースを着用した。着替えと侍女を乗せた馬車が続く。


「控え室が借りられるのね」


「公爵家は準王族だからな。三つの公爵家がそれぞれ部屋を所有している」


 話を聞く私の腹に、レオンがぺたりと張り付いている。最近抱っこが減ったから、触れていたいのね。普通の骨折ならもう骨がつく頃だった。剥離骨折は癖になるから、とお医者様が慎重になっている。車椅子もあと一ヶ月は利用してほしいと言われていた。


「レオン、ごめんなさいね。抱っこしてあげられなくて」


「ううん、いーの」


 頬を擦り寄せ、目を閉じている。愛情不足なのかしら。横になった状態で抱き寄せ、短い手が背に回るのを感じる。ヘンリック様も一緒に寝転んだ。彼やレオンも、王宮で着替える予定だった。


「マルレーネ様にお会いするのも久しぶりね。お変わりないかしら」


「譲位の手続きでご苦労なさったはずだ。労わって差し上げてくれ」


 陛下に関しては敬わないのに、王妃殿下には丁寧なのね。まあ、あの手紙から判断しても尊敬に値しない。当然の対応なのかも。


「もちろんですわ。他の公爵家も参加ですか?」


「いや、俺達だけだ」


 当たり前のように会話しながら、ふと気づいた。いつの間にか、ヘンリック様と普通に話している。以前は口も利かなかったし、私の存在なんて無視されたのに。契約結婚であっても、こうして尊重されると嬉しいわ。


 王妃殿下も陛下や王女殿下のことで悩んでいたし、相談に乗る時間を取れたらいいのだけれど。レオンと過ごす時間を減らしたくないのよね。黒髪を撫でながら、紫の瞳を細めるレオンに微笑みかけた。至福の時間だわ。このまま馬車が止まらなければいいのに。


 私の願いが叶うはずはなく、王宮の敷地内に入った。色とりどりの花が咲き乱れ、丁寧に整えられた木々が揺れる。レオンは目を輝かせた。起き上がって窓に手をかけ、庭園を見回している。


「あれ、おっきぃ」


 何が気になったのか、私が身を乗り出したらヘンリック様が支えてくれた。並んでレオンの横から外を眺める。嬉しそうにレオンが教える先に、温室があった。ガラスが光を弾いて、きらきら眩しい。


「温室か。庭に作るか」


「え?」


「やたっ!」


 聞き返す私の脳裏に浮かぶのは、膨大な製作費用。一方、無邪気に喜ぶレオンと満足げなヘンリック様。育ちの差? いえ、私に無駄な常識が多いんだわ。温室は個人が所有するものじゃないと思う。


 いつか公爵夫人らしい金銭感覚が身につくといいけれど。ずっと変化しない気もして、私は苦笑いして後ろに倒れ込んだ。隣にレオンが転がり、ヘンリック様も交じる。馬車の外からノックの音が聞こえるまで、三人並んで両手を繋ぐ。


 あと少しだけ、このままで。

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