177.ケンプフェルト楽団を目指して

 兄ユリアンがピアノに夢中で構ってくれなくなり、ユリアーナはフルートを練習し始めた。上手になれば一緒に演奏できると考えたのかも。一昨日から音が出るようになり、楽しくなってきたみたい。ユリアンは片手弾きを卒業し、両手で鍵盤を叩いている。


 エルヴィンに付き合う形で、お父様もオーボエの練習を始めた。離れも本邸も音で溢れているわ。努力家のヘンリック様は時間を見つけてはヴィオラと格闘しているし、レオンは大喜びでいつも誰かの音に合わせてシンバルを叩く。一番出遅れたのは私だった。


 車椅子だと弾きづらいのもあるけれど、言い訳に過ぎないわね。練習すると指が赤くなって痛いから、つい手前でやめてしまうの。上達しないのは、絶対的な練習不足よ。原因は分かっているけれど、何か対策を考えなくちゃ。


「アルノー先生に相談してみたら?」


 ユリアンの言葉に頷き、一応弦楽器だからとアルノーに話す。彼は少し考えた後で、思わぬ指摘をした。弾き方が間違っている、と。


「え? 指で弾くのよね」


「こちらのハープですと、爪を引っ掛けるようにして弾く楽器です」


「……なる、ほど」


 素手で演奏するのは理解していた。爪と指腹のどちらを使っているか、そこまで覚えていない。最初から間違っていたので、指が痛かったのかも。専門書を探してもらい、リリーと一緒に確認した。


 爪で弾くため、爪の長さの管理も必要らしい。大変な楽器を選んでしまったわ。でも長くしろと言われなくてよかった。


 幼い子がいるなら、爪は短い方がいいの。引っ掻いてケガをさせるリスク以外に、菌の温床になる可能性もあるし。爪を染めることも興味がないから、短くする理由になって助かるわ。


 王妃のマルレーネ様は爪をやや長くして、花の搾り汁で染めていた。上に薔薇のオイルで手入れもしていたから、とてもよい香りがしたわ。薔薇のオイルは私も使おうかしら。ローズヒップオイルは前世で使ったのよね。


 爪が割れにくくなると聞き、ローズヒップオイルを手配してもらった。爪に傷がないか確認し、軽く弾いてみる。演奏は無理なので、音を出す程度だけど……指で弾くより綺麗で澄んだ音がする。


「おかぁしゃま。ぼくも、いっちょ!!」


 音を聴いて駆け寄ったレオンに微笑み、シンバルが響くのに合わせて爪弾く。演奏には程遠い音だけれど、楽しんでいるから立派な音楽よ。


「皆様が楽しそうで何よりです」


 賑やかな音の洪水にも、侍女達は笑顔を崩さなかった。公爵家に勤める者は、下位の貴族出身の嫡子以外だ。となれば、音楽に親しむ素養や環境はある。いっそ、使用人も合わせて習ったらどうかしら。


 ヘンリック様に提案すると、それはいいと賛成した。フランクが希望者を募り、一緒に習う。希望者は楽器を分割払いで購入でき、借りる方法も選べるようにした。意外なことに、ほとんどの希望者が購入を選んだの。


 皆が上手になったら、ケンプフェルト楽団で演奏会を開けそう。それを目標に頑張るのもいいわ。


「大変素晴らしいご提案です。目標があれば、皆も頑張れるでしょう」


 フランクの賛成を得て、周知される。と同時に、思わぬ参加希望者が現れた。フランクはヴァイオリン経験者で、イルゼがピアノを弾ける。重ねて、ベルントがバスを習った事があるって……。


 ケンプフェルト公爵家の上級使用人は、多才が雇用条件なの?

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