176.陛下の譲位よりドレス優先
屋敷のあちこちで音が聞こえる。まだ演奏にならない音は、強く弱く、高く低く。離れから聞こえることも多いが、ピアノだけは本邸から響いた。大き過ぎて移動できないのよね。あくまでも公爵家のピアノだもの。
鍵盤の説明を受け、弾き方の基本を覚えてから、ユリアンは朝も夜もピアノにべったりだった。ユリアーナが「なんとかして」と文句を言いにくるほど、夢中だ。その分上達も早かった。
「ヘンリック様のヴィオラはどんな感じですか?」
「まだ音が出るだけだ」
朝食は三人なので、レオンはヘンリック様の膝に座っている。剥離骨折のせいで、すごい損失だわ。可愛いレオンを膝に乗せられないし、抱っこで食べさせることもできない。お散歩の時間も短くなってしまうの。
幸いにして本邸内に段差はない。階段で二階に向かおうと考えなければ、フラットだった。玄関から出る時だけ、三段の階段があった。別邸もそうだけれど、貴族の屋敷は三段の小さな階段が多い。王宮にもあったわ。
私は玄関ではなく、別の部屋のテラスから出入りするの。そうすれば段差の心配がないわ。フランクは気にして、段差は侍従に担がせると言うけれど。重いし、申し訳ないと感じてしまう。リリーに回り込んでもらう方が、気持ちが楽なの。
「そういえば、ヘンリック様。国王陛下の譲位が噂になっているそうですね」
「ああ、そのようだ。俺も休みだから、関わっていないが」
それって、休んでいていい案件かしら。でも不穏な状況なら、文官が泣きついてくるわよね。放っておいても平気なんだわ、きっと。
「ああ、そうだ。陛下の退位前に、第一王子殿下の立太子が行われる。しばらくしたら挨拶に行こう」
落ち着いてから出かける。そう言われたら、私も納得した。立太子の儀は、貴族の立ち合いを必要としない。国のために尽くすことを神前で誓うだけなの。その祭壇も王宮の奥にあるため、王族以外は立ち会わないのが通例だった。
立太子した後で、親しい貴族は挨拶に行くんですって。お披露目は次の夜会なのだけれど、それが二ヶ月後の譲位と同時みたい。随分と忙しいスケジュールだけど、陛下が大病でもしたのかしら。
「病……まあ、ある意味そうだな」
頭の中身が腐ってるという意味だ。はっきり断言したヘンリック様は、悪びれる様子がない。ベルントやフランクも注意しないので、私も何も言わなかった。屋敷の中でくらい、好きにしたらいいわ。
あの陛下だもの。かなりストレス溜まっていると思う。
「レオン、お野菜も食べてね」
「あい!」
あーんと口を開け、ヘンリック様が慣れた手つきでスープを運ぶ。野菜をもぐもぐするレオンは、話を聞いていない。ほっとしちゃうわ。教育上、あまり良くない話題に思われて、話を逸らした。
「夜会の服を作らなくてはいけないわね」
「安心してくれ、もう注文してある。王太子殿下への挨拶の方が先だな」
「そうね。そちらはレオンも一緒に行けるといいけれど」
さすがに夜会は無理ね。留守番してもらうことになる。でも顔合わせの挨拶なら、昼間だろうし。考えながら口にすれば、ヘンリック様は満面の笑みで頷いた。
「お揃いで作ろう!」
よほど気に入ったのね。ドレスコードとかも詳しくないし、この際お任せしましょう。
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