180.危険よ、たぶん

 マルレーネ様は、堰を切ったように話し始めた。日常の悩み、小さな困りごと、王女ルイーゼ様のこと……最後まで相槌を打ちながら聞く。この方は本当にご苦労なさったんだわ。相談できる相手もいなくて、立場上、迂闊に愚痴も溢せない。


 どれだけ辛かったでしょう。苦しくて、泣きたくて、でも堪えてきた。その苦労が見える気がして、私はただ受け止めた。それでいいと思う。この方は同情や追従を求める人ではなかった。聞いてくれる人が一人いたら、鬱屈した気持ちが晴れる。それだけだった。


「母上様は……それほどに、辛い思いをなさったのですか」


 きゅっと唇を噛んで、カールハインツ王太子殿下は呟いた。絞り出した声は、力になれなかったと悔やむ響きが滲む。長男であり第一王子である重圧と、大量の勉強や剣術の時間をこなしてきた。自分のことに手一杯だったと悔やむ息子に、マルレーネ様は微笑みかける。


「子供は親の心配をしないでいいのよ」


 俯いた王太子殿下の様子に、言葉が足りないわと感じる。お節介だけれど、口出しさせていただこう。


「王太子殿下、よろしいでしょうか? マルレーネ様は、子育てをご苦労と思っていないのです。これは私も同じだから分かりますわ。母親は己を削っても、我が子に愛情を注ぎます。嘘ではありませんよ」


 穏やかな口調で、彼の受け止める姿を確認する。頷くマルレーネ様の様子に、ほっとした顔をした。これで大丈夫ね。


 過去のご苦労のほとんどは、陛下絡みだった。これだけ母親を慕う優しい息子なら、愚かな王にならないはず。


「ありがとうございます。ケンプフェルト公爵夫人」


 堅苦しい呼び方をした王太子殿下に、マルレーネ様が提案した。それぞれの家族を名前で呼び合うのはどうか、と。王妃であるマルレーネ様が、公式の場で公爵夫人を呼び捨てるのは問題がある。でも私的な場なら、互いが納得すれば終わり。


 マルレーネ様のご提案で、王子も王女も名前で呼ぶことになった。ヘンリック様も加わり、私達も仰々しい呼び方は使わない。小さな約束に、マルレーネ様は嬉しいと喜んだ。


 ケガをしてからの生活を問われて、皆で楽器を始めた話をした。芸術関係は教養の一環として、王族の教育に含まれる。カールハインツ様はバイオリン、ピアノはマルレーネ様が得意だと言う。思わず、言葉が漏れた。


「うちの二人に教えていただきたいくらいね」


「あら、構わないわ」


「僕も一緒に演奏したいです」


 え? まだ初心者なのに。うっかり世間話の感覚で呟いたら、大事件になった……たぶん。助けを求めてヘンリック様を振り返れば、彼は微笑んで大きく頷いた。


「では、二人を連れてきますので教えてください」


「任せて! 楽しみだわ」


「はい、よい友人になれるだろうか」


 友人になりたいと望むカールハインツ様はともかく、あの悪ガキをマルレーネ様にお預けする? 無理、嫌な予感しかしないわ。できるだけ反対したけれど、私かヘンリック様の同伴を条件に押し切られてしまった。


「おかぁしゃま、おはにゃ」


 赤い花を摘んだレオンが走ってくる。受け取ってお礼を言い、顔を上げた。向かいでマルレーネ様も花を差し出されている。ローレンツ様は白い花、緑の葉を持ち帰ったのはルイーゼ様。両方受け取ったマルレーネ様は、照れて頬を染めた。

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