170.信用はしていますわ
私の部屋でゆっくり時間を過ごすヘンリック様は、何か意図があるのね。私が寝ていることになっているため、お茶も出せずに申し訳ないわ。レオンは部屋の中を走り回り、ベッドによじ登った。
声をかけようとして、私は身を起こした。左足に体重をかけなければ、動けるかしら。ところが先にヘンリック様が立ち上がる。レオンの側に腰を下ろし、ちらりと私を見た。靴を脱がせてあげて。身振り手振りで伝える。
寝ているはずの私の声が響いたらまずいわよね。なぜかヘンリック様も無言で頷いた。あなたは声を出してもいいと思うのよ。
「靴を脱がせるぞ」
「あい」
ヘンリック様は声をかけて足に触れ、レオンは大人しく寝転がった。両方の靴が取れると、振り返って確認している。子供特有の柔らかな体で、器用に足先を指で確認した。きゃぁ! と甲高い声をあげてベッドを転がり始める。
車椅子に乗りたいけれど、遠いわね。長椅子からベッドを眺めていると、ヘンリック様が私に微笑みかけた。
「もういいぞ」
「はい。仕掛けは上手にできましたか?」
「ああ、助かった。これで重傷の情報に信憑性が増す」
あら、陛下から手紙が来た返事に、私が重傷だと記したのね。休暇を邪魔されたくなかったし、すぐ帰ってこいと言われたら迷惑だから、当然かもしれない。でも国王に嘘をついたなら、最後まで貫かないとね。私も協力しましょう。
「イルゼやフランクには、ベルントが説明する」
他の使用人はともかく、あの二人に心配させたままは気の毒だわ。気遣いもできるヘンリック様は、ベッドを転がるレオンの頭を撫でて立ち上がった。サイドテーブルのベルを鳴らし、侍女にお茶の支度を頼んだ。
リリーとマーサは荷解きでしょう。温泉に入る時間を作るために交互に休ませたけれど、荷解きが終わったら休暇をあげないと。荷造りも含めるとかなりの重労働だもの。
「君はあれこれ詮索しないのだな」
まるで聞いてほしいような口振りだけれど。私は微笑んで首を横に振った。
「隠していることを暴くのは、良いことばかりではありません。話すまで待つのも親愛ですわ」
親愛という単語を使えるくらいには、互いに信用を築いていると思う。契約夫婦だけれど、信用は人間関係の基本よ。誠実で真面目、嘘がつけないから結婚を契約で縛ろうとした。相手に期待させて失望させるより、最初から期待させない方法を選んだのね。
一般的には失礼な契約だけれど、私には都合がよかった。家族を養えることが一番の希望だし、可愛いレオンの母親になれたんだもの。あとは契約通り、ヘンリック様の愛情を求めないこと。うん、大丈夫だと思うわ。
お茶の支度を終えた侍女が入室し、丁寧にセットする。一礼して退室するまで、ヘンリック様は無言だった。ぱたんと扉を閉めたのは、婚約関係ではなく夫婦だから当然として……なぜ頬を赤く染めているのかしら。
「君はその……俺を信用してくれる、のか?」
「ええ、夫婦ですもの」
過去を基準にする信用はしていますが、未来への期待を含んだ信頼はまだ先。でも離婚しない条件だから、いずれは信頼も生まれるでしょうね。
「おかぁしゃま! のろ、かあいた」
お茶を手元に引き寄せ、温度を確かめる。走ってくるレオンが、手前で一度止まった。ヘンリック様に呼び止められたレオンは、手を繋いで一緒に近づく。大人しくソファに座り、渡したカップを両手で掴んだ。
ふぅふぅするレオンが可愛いわ、当たり前のように隣に座るヘンリック様も……ね。
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大晦日、後少しで2025年です。本年はコミカライズ、書籍化決定と嬉しい一年でした。来年もコミック発売から始まります。どうぞ皆様の手元に置いてやってくださいね。
皆様、良いお年をお迎えくださいませ_( _*´ ꒳ `*)_
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