161.やりたくなるのよね
楽団の団長らしき女性が前に出て、口上を述べる。今年一年の恵みに感謝して、来年の幸運を招く。そんな内容だった。意外だわ、なんだか司祭様みたいな感じだもの。
彼女が一礼して下がると、人々の雑談がぴたりと止んだ。まだステージ上に誰もいないのに、音が聞こえ始める。やがて一人、また一人と鳴らしながら登場した。用意された椅子に落ち着いて、次の演者を迎え入れる。
レオンは「ふわぁ……」と感嘆の声を漏らし、視線はステージに釘付けになった。私が手を繋いでいるからいいけれど、何もなければ近づいていきそう。笛だけでも数種類あり、バイオリンに似た弦楽器も大きさや形が違う。全員、別の楽器なのかもしれないわ。
曲はどこかで聴いたような、柔らかな旋律だった。前世だとバラードが近い。クラッシックではなく、もっと軽い感じね。民族音楽とも似ている。曲の紹介はないまま、まとめて演奏された。ここが貴族相手と違うところね。
一般の民衆は曲名なんて気にしない。実際に近くの奥さんは、二番目の曲が好きだと笑う。何番目で通じるし、気に入れば覚えて鼻歌になる。単調な曲が多いのも、こういった場で人気が出るからかも。
「おかぁしゃま、あれ、ぼくも」
手を繋いでぴょんぴょん飛び跳ねるレオンは、興奮した声で強請った。楽器をやりたい。あれがいい。その意思表示を確認するため、身を起こした。腰がまだ痛いけれど、レオンに顔を近づける。
「どの楽器かしら」
「あれ、ひかるの」
光る楽器? レオンが指さす方角には二種類あった。トランペットとシンバル……かしら。正直、楽器は詳しくないのよ。
「こうゆーの!」
レオンは手を離し、ばんと打ちつけてみせた。大きく手を叩く仕草に、シンバルの方だと見当をつける。レオンはすぐにまた手を差し出し「おしぎょと」と呟いた。仕事を任されたのが嬉しいのね。しっかり握って、お礼を伝えた。
嬉しそうに笑うレオンに、楽器を与えるとして……シンバルは大きすぎると思うの。カスタネットでは小さ過ぎるし……小型のシンバルは売ってるかしら。
「レオン用を注文しよう」
「ええ」
ヘンリック様の提案に、小さく頷いた。一瞬迷ったのよ。甘やかし過ぎはダメだけれど、興味を持ったならやらせてあげたい。難しいところだわ。にこにこと笑顔で空いた手を振り回す姿に、私の気持ちは決まった。やらせてあげましょう。
「お父様、ピアノやりたい」
「私はあの笛がいいわ」
双子がそれぞれに主張するのを、お父様が苦笑いで受け止める。今なら習わせてあげられるけど、この二人は飽きやすい。楽器を購入して数週間で放り出す可能性があった。
「レオンも含めて……皆で音楽を習いましょう。でも一年は続けること。無理なら話は終わりよ」
条件を付けて許可した。一年習えば、楽器を買ってあげる。真剣に悩む双子の隣で、レオンはすぐに手を挙げた。
「ぼくと、あにゃ、ゆん。おとするの」
音楽をするんだよ。そう訴えるレオンの横で、エルヴィンがおずおずと切り出した。
「僕もその……バイオリンをやってみたい、です。一年は絶対にやめません」
普段はお兄ちゃんとして譲ることが多いエルヴィンが、自分の希望を口にした。いい音楽の先生を見つけなきゃね。
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