162.屋台の意外なカラクリ

 演奏会が終わり、お店に入ろうとして気付いた。今日のお祭り騒ぎで、各店が閉まっているの。代わりに屋台がたくさん出ていた。


「ヘンリック様、屋台の料理にしましょう」


「あ、ああ……初めてなのだが、どうやって購入すれば?」


 促して屋台の列に並ぼうとしたら、どうぞどうぞと先頭に出てしまった。民が笑顔なので、無理している様子はない。順番の飛び越しは教育上、まずいわね。笑顔で「あんと」を繰り返すレオンが、いつも譲ってもらえると覚えたら困る。


「皆さんの厚意に甘えるわね。その串焼きを人数分……何人いるかしら……っ!」


 振り返ろうとして痛みに目を閉じる。気付いたヘンリック様が、そっと私の背を撫でた。すごく痛かったので、続く言葉を呑んじゃったわ。


「使用人含め、二十人だ」


 数えたヘンリック様の答えに、深呼吸してからお礼を言う。御者まで含めてくれたみたい。私がいつも使用人達を気遣うから、ヘンリック様も当たり前に真似をする。出会った頃の態度は、両親の育て方が悪かったのだと実感した。


 レオンはきちんと育てないと! 影響力の大きな母親の役割は重要だわ。


「二十本、お願いできる?」


「へい、承知です」


 ぎこちなくも敬語を使おうとする店主が、いそいそと焼いた串を数え始める。ところが途中で何度も数え直した。教育が行き届いていないのね。リリーが進み出て、二十本を数えた。お金も確認したところへ、思わぬ声がかかった。


「この店の串は美味いから、大人はもう一本ずつ買ったほうがいいぜ」


 並んでいた男性は、前掛けをしている。彼も商売人なのだろう。せっかく申し出てくれたのだから、準備してくれるよう伝えた。でも並んでいる人優先で、追加分は騎士が並び直す。


 その後の買い物も、私達が見守るけれど騎士や侍女が行った。その間に用意されたテーブルは、休んでいる飲食店からの借り物らしい。サイズも色もまちまちで、逆に賑やかさが増した。


 お祭り騒ぎの時は、飲食店が休んでしまうなんて。私の常識とは違うわ。屋台を出しているのは、街の有志なの。普段は鍛冶屋だったり、荷物の配達だったり、本職は全然違う人達。いつも飲食店で美味しい食事をもらっているから、祭りの日くらい楽しんでほしい。そんな意味があるんですって。


 素敵だわ。街の人達が互いに思い遣っているし、それぞれに普段と違う仕事を楽しんでいる。隠居してこの街を豊かにした先先代のお陰ね。串焼きの肉は本当に美味しかった。やや硬いのだけれど、噛むほどに味が深いの。


 ナッツを混ぜたパンや具沢山スープも美味しいわ。広場の一角で食べるのは初めてで、弟妹以上にレオンが大興奮していた。


「あちた、くる!」


 また明日も来たいと望むくらい、楽しかったようで良かったわ。

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