157.宝物を少し借りるわね
徐々に動ける範囲が広がっていく。ベッドの上から降りて、別邸内を車椅子で移動した。押したいとレオンが騒いで、マーサの手助けを借りながら廊下を行き来する。すぐ飽きると思ったのに、一向に終わらなくて……うたた寝したのは秘密よ。
車椅子の後輪が大きいことで、後ろに倒しながら向きを変える。実際にやってもらって、理解したわ。これなら鍛えた騎士でなくても、侍女が方向転換できる。庭へ出るときは、コツを掴んだエルヴィンが押した。お父様も手伝ってくれるが、変な感じがする。だって、親に車椅子を押してもらうんだもの。
室内であっても、自分で車椅子を動かすのは難しかった。前世の記憶にある車椅子だったら、車輪に掴むところが作られている。それがないのよ。貴族の奥様が乗るなら、侍従や侍女がいるから問題ないと判断されたのかも。
「おかぁしゃま、ぼくの……はい!」
ブローチ用の宝飾箱に入れた水晶だ。先日レオンが発見した宝物だけれど、差し出されて受け取る。肩の痛みもかなり楽になり、重い物を持たなければ痛みも出ない。膝の上に置いて、箱の中身を確かめた。やっぱり水晶だわ。
「これはレオンの宝物よ。大切にして」
「ううん。このほん」
今度は部屋の隅に置かれた絵本を運んでくる。昨夜読んだ物語は、ドラゴンが出てきた。レオンは絵本の竜が大好きで、何冊か所有している。
大まかなあらすじは、確か……。宝物を洞窟に隠すドラゴンを、病気の母親を助けようとする男の子が訪ねてくる。その子に水晶を与え、これに願いをかけろと教えた。ずっと願い事を呟きながら帰った男の子が、その水晶を母親の枕元に置くと病が治る。
「ありがとう、少し痛いのが消えたわ」
あの物語を聞いて、私の痛みを軽くしようと思ってくれたのね。しばらく預かって、後で返しましょう。リリーが気を利かせて、巾着袋を用意した。その中に箱ごと入れて、車椅子の手すりに結ぶ。
「これでいいわ。レオンのお願いが入った水晶で、元気になれそう」
「うん! いたいの、ばいばい」
可愛い仕草で手を振るから、声を立てて笑った。嬉しそうに飛びつくレオンを受け止め、腰に走った痛みをやり過ごす。絶対に声にも表情にも出さないわ。
「アマーリア、レオン。皆でお茶にしよう」
ヘンリック様に誘われ、居間として使用する応接室へ入った。ソファも上質だし、絨毯も鮮やかで素敵。クリーム色の壁紙に、家具は黒檀や濃色の木材が主流だ。絨毯は赤ワインのような臙脂色だった。差し色のように緑が使われている。
お父様や双子、エルヴィンも交えて早めのお茶を楽しんだ。軽食も出され、このまま昼食なしでも平気そう。穏やかな時間が、暖かな部屋を満たした。
手紙を持ったベルントが、ヘンリック様に近づく。あの封蝋は王家? まだ何か言ってきているのかも。不安になるが、ヘンリック様はさっと目を通してベルントに返した。一礼して運ばれる手紙は、ヘンリック様が自室として使う書斎行きだろう。
何の手紙か、後で尋ねてみましょう。
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