156.人形はもう終わり ***SIDE王妃
愚かにも、私は夫を見捨てることができなかった。過去形なのは、もう見限ったからよ。
王妃として、国王の足りない部分を学んで支えろと育てられた。王妃になる未来は定められており、逃げる道はなかったように思う。同年代の貴族令嬢より少しばかり聡く、やや賢い。その点を買われたのだろう。
何も知らない年齢から、厳しい勉強と礼儀作法の授業に明け暮れた。友人を作る時間などなく、私は常に孤独と寄り添って育つ。それがおかしいと教えてくれる大人はおらず、求められた結果を示すだけの日々だった。
先代王の唯一の王子は、生まれながらに王太子の地位を得た。彼以外、血を繋ぐ者がいない。それだけが夫の価値だ。次代へ血を継承させるため、彼を仮初の王として即位させる。先代王が決めたレールを、誰もが無言で歩いた。
犠牲になったのは、私だけ。ずっとそう思っていたのに……ケンプフェルト公爵も同じだったなんて。夫が苦手とするから、複数の言語を習得した。彼が踊らないのに、他国との交流に必要だとダンスを叩き込まれる。歴史、算術、経営……すべてを私が習得させられた。
何もしない、できない男が夫……これでも国王を名乗れるのだから、国という巨大組織は不思議だ。各領地の税を徴収して、公平に分配し、民の生活を守る。そんな日々が当たり前だった。私がしなければ、国が傾く。
ある時から処理する書類が減った。陛下のはとこであるケンプフェルト公爵が、大半を引き受けたのだ。独身でまだ若い彼は、精力的に書類をこなした。子育ても忙しい私は、公爵に甘えてしまった。
陛下は、ケンプフェルト公爵に、王権代理人という意味不明な肩書きを与えた。たとえ親族であっても、緊急事態でもないのに王権を他者に委任するなんて。どこまで愚かなのか。何も知らずにいた私は、申し訳なさで胸が潰れそうだった。アマーリア夫人に顔むけができない。
今回の騒動は、私が幕を引くべきだわ。先代王は、愚かで何もできない息子を私に託した。夫が木偶人形であり、害悪となるなら……私が対処してもいいはずよ。これを公爵にやらせてはいけない。王家に嫁いだ私が、手を汚すべきなの。
「宰相とフェアリーガー侯爵を呼びなさい」
宰相を務める兄と、先代王の側近であった父。どちらも一緒に責任を取っていただきましょう。幸いにして息子達は立派に育っている。第二王子はまだ幼いが、第一王子は十三歳。摂政を立てれば、国は問題なく動くでしょう。
好き勝手して、功労者を傷つける王などこの国には不要。先代に頼まれた私が、最後まで付き合ってあげますわ。ですから、一線を退いて後進に道を譲るべきよ。
窓の外を見れば、ちらほらと白いものが舞っていた。初雪になる結晶は、落ちる前に溶けてしまう。
もっと早く決断するべきだった。私の愚かさを許して頂戴。この雪が白く積もり、夫のやらかしや私の失態を塗り潰してくれたらいいのに。己の無様な願いを嘲笑い、私はゆるりと首を横に振った。
初めての友人であるアマーリアに、大切な我が子らに、恥ずかしくない私でありたい。だから逃げたりしないわ。
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