153.車椅子が届いたわ
夜はレオンを挟んで川の字で眠り、朝になったら一緒に食事をする。リリー達がワンピースに一工夫してくれたの。前部分をすべてボタン式に付け替え、着替えを楽にしていた。とても助かるわ。
ワンピースの上に下ろしてもらい、巻いてボタンを止めるだけ。リリーやマーサはもちろん、街の洋裁店も協力している。便利なので普段から使いたいと伝えたら、貴族夫人としてどうか……とベルントに注意された。
子爵家までは、令嬢や夫人達も複雑な服を着用しない。使用人の数が限られているからよ。でも伯爵家以上は使用人が余るほど雇われていた。これも雇用を生み出しているから、無駄ではないの。貴族家の嫡子以外は外へ出て働く必要があるんだもの。
町娘のように、酒場や飲食店で働くのは外聞が悪い。将来の結婚も見据え、王宮や高位貴族の侍女を目指した。騎士や執事を志す次男三男も珍しくなかった。彼女らの仕事を創出するのも、高位貴族の役割なのだ。
私が自分で服を脱いだり着たりすると、侍女の仕事を奪うことになる。化粧も髪結いも人に任せることが、その人達の生活を守ることだった。理解はできるけれど、自室にいる時に着替える分くらいダメかしら。
リリー達が眉尻を下げて悲しそうにするので、私が折れた。我が侭を言ったのは私、手間を掛けさせるのが仕事。こればかりは仕方ないわ。
王妃殿下から続いた国王陛下からの二度の手紙、最後の手紙にヘンリック様は長い長い返信をした。見せてもらえなかったけれど、怒りに燃える表情でおおよその見当はつく。説教が八割、本題が二割かしら。王都へは行かないから自分で何とかしろ、と書いたならもっと短いかも。
「車椅子が届くぞ」
朝の着替えが終わったところへ、笑顔のヘンリック様が報告にきた。転んでから五日目、待ち望んだ車椅子が届く。ようやく屋敷内を動き回れそう。
「まあ、楽しみですわ」
左足首に体重を掛けなければ、激痛はない。そのためリリーやマーサが両脇から抱えてくれたら、移動できると思う。肩や腰の痛みはあるけれど、そのくらいは我慢よね。
ベルントが押して運んできたのは、前世で見た車椅子より車輪が小さかった。馬車同様、車輪の回転はない。どうやって向きを変えるのかしら。前輪は小さく、後輪はやや大きめ。自分で車輪を回さない貴族夫人用だから、後輪が大きい必要がない。後ろに押すための手すりがあった。
椅子は籐に似た軽い素材で、骨組みは金属製だ。ヘンリック様に抱き上げられ、ゆっくり下された。座布団代わりのクッションに支えられ、座り心地はいい。背中にクッションを差し込み、リリーが膝掛けを差し出した。足を置く台は固定式なのね。
「素敵だわ、ありがとうございます。ヘンリック様」
「ベッドの上だけでは、アマーリアも退屈だろう。レオンと一緒に散歩でも楽しんでくれ」
もう少し良くなったら、温泉もまた行きたいわ。傷の後遺症対策にも湯治は効果があるし、せっかくの温泉地だもの。そう口にしたら、お医者様の許可を得てからと釘を刺された。
「おかしゃま、これ……はや、い?」
言いづらいところは丁寧に切って話す。レオンの成長を感じて、嬉しくなった。
「どうかしら。後でお散歩に付き合ってちょうだいね」
「うん!」
小さな約束が生まれた。
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