152.嫌なお手紙と嬉しいおてまぎ

 拳を握り、吐き捨てたヘンリック様。抱きつくように優しく倒れ込んできた。私が痛い思いをしないよう、気遣ってくれる。そっと掛かる重さを心地よく感じた。届く位置にある黒髪に触れる。


 レオンは柔らかいけれど、少し硬いのね。違いを感じながら、ゆっくり左右に動かした。撫でるというより、混ぜる感じ。左手で触れたため、疲れて途中から置くだけになった。うつ伏せたまま、ヘンリック様は動かない。まさか、寝てしまったとか?


「君は腹が立たないのか?」


「陛下のお手紙、でしょうか。そうですね……腹は立ちますし、失礼だと思います。ただ、私のケガは無関係ですよ」


 顔を上げて、驚きを露わにするヘンリック様に微笑みかけた。


「考え事をしていたのは事実ですし、手紙が無関係ではありません。でもケガを陛下のせいにしたら……私が陛下と同レベルになりますわ」


「なる、ほど」


 噛み締めるように絞り出された同意は、まだ不本意だと本音が滲む。だから伝えた。私がそう考えるからと、あなたが同じ意見になる必要はないのだと。


「私はあなたの妻ですが、他人です。同じ人間ではありませんから、同じ考えを持つ義務はないんですよ」


 レオンに教えるのと似ていた。一人できちんと考えて答えを出せるように、導くだけ。答えを誘導してはいけない。ヘンリック様は立派に仕事をこなし、国を動かす公爵閣下だった。私の意見に揺れては務まらない。


「本音を教えてください」


「……腹が立った。手紙の内容は君が悪いと告げていて、俺は違うと感じた。だから許せない」


「そうですか」


 いいと思います、いけませんよ。どちらの言葉も不要だった。私が断定したら、ヘンリック様は縋ってしまう。それでは対等な関係じゃないわ。


「返事を出さなくてはいけませんね。手紙の準備を……」


「俺が返事をする」


 大丈夫かしら。厳しい言葉を並べて、怒りをぶつけるかもしれない。相手が悪くとも、国王陛下なのだし……。見つめる先で、ヘンリック様は私の手を包み込んだ。大切そうに両手で覆い、頬に当てる。


「伝えたいことが……」


 そこでノックが重なった。タイミングが悪いわ。ヘンリック様は大きく肩を落としながらも、きちんと応じる。こういうところ、結構好きよ。八つ当たりと縁がなさそうな感じがするもの。


「なんだ」


「王宮より、お手紙が……っ」


 立ち上がり、ずんずんと近づいて手を差し出す。驚いたベルントの声が途切れ、奪うように手紙を確認するヘンリック様がいた。宛名に眉根を寄せ、裏返して封蝋に顔を顰める。想像通り、陛下からのお手紙みたい。


「ヘンリック様」


「君の仕事は休むこと、療養だ。アマーリア、これは俺が処理する」


 処分、と言わないだけマシかしら。ここはお任せしましょう。ベルントの後ろから様子を確認し、するりとリリーが入室する。彼女の手を借りて、体を横にした。打ちつけた腰や肩は、階段の角に当たった。まだ一週間は痣が消えない。


 変に力が入ると、ズキンと痛いのよね。寝転んだところへ、ぱたぱたと軽い足音がする。顔を横に向けたら、黒髪が見えた。


「おかぁ、しゃま……ぼくの、おてまぎ!」


 絵を描いてきた。訴えながら差し出され、リリーに目配せする。身を起こすのは反対されたので、レオンをベッドに上げてもらった。私とレオン、どんぐり……これはヘンリック様? あら、お父様達も描いたのね。


「大切にするわね」


 褒められて、レオンは嬉しそうに笑う。そのまま靴を脱いで、隣に潜り込んだ。早めのお昼寝にしましょうか。

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