151.腹立たしかった ***SIDE公爵

 義弟や双子から聞き出した話によれば、アマーリアは運動が得意でケガは少ない。なのに今回は手をついたのに、間に合わず派手に転がった。何に気を取られていたのかと眉根を寄せる。


 そこへベルントが運んできたのは、一通の封書だった。すでに開封されているが、まだ返信はしていないのだろう。そうでなければ、ベルントが適切に片付けたはず。アマーリア宛だった。勝手に読むわけには、と思いながら裏返し……ベルントが差し出した理由に気づく。


 王家の封蝋が施されている。彼女はこれを破かず、横から開封した。緊急の連絡だったら……俺に連絡が来る。なぜ彼女に王家から? 王妃殿下だろうか。少し考え、返事をしていない可能性に思い至る。


 中身を取り出し、読み始めて手が震えた。俺に宛てたなら、これほど失礼な手紙は書かなかっただろう。いや……あの陛下なら、やらかしてもおかしくないか?


「まさか」


 この手紙を受け取ったのは、ケガより前のはず。ずっとベッドの住人である彼女が、手紙を受け取ったり読んだりしていたら、絶対に気づくから。これを読んで動揺したアマーリアがケガを? 足を踏み外すほど、傷ついたとしたら。


 ぐっと拳を握る。くしゃりと封筒が捩れて音を立てた。封蝋が歪んで砕ける。


「許さん」


 手紙の内容は、一方的な八つ当たりと命令だ。お前のせいで王妃が冷たくなり、息子達にも距離を置かれた。さっさと出向いて詫びろ、ついでに夫である俺に仕事をさせろ。要約すると最悪の内容だ。王侯貴族特有のもってまわった言い回しを多用しているが、言い切りの語尾で台無しだった。


 ケンプフェルト公爵家は、何度も王家の血を受け入れてきた。その忠誠も歴史も古く、フォンの称号も得ている。先祖が国に貢献し、フォンの称号を持つのはシュミット伯爵家も同じだった。フォン・シュミットから嫁ぎフォン・ケンプフェルトを名乗る妻を、王が蔑ろにした?


 腹立たしく、怒りで頭が熱くなる。加熱され赤く染まったような視界が揺らいだ。どこでどう発散したらいいのか、わからない激しい感情が全身を襲う。いつだって制御してきたのに、ここまで腹が立つなど。


 大切なアマーリアが傷つけられた。愛していると自覚した途端に、目の前で……手の届きそうな場所で。安全なはずの屋敷で、王に害された。彼女は優しいから、違うと口にするだろう。転んだのは自分の責任だと、前向きに笑う。


 笑顔まで想像できるから、余計に腹立たしかった。何もできずに傷つけられ、奪われるのか。アマーリアと義父上殿に指摘されるまで、俺は何も気づかず搾取され続けた。大人しくそのままでいろと、呪いの言葉が響く。


 俺は……掴んだ幸せを失いたくない。守るために立ち上がる必要があるなら、それは今だ。

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