154.本格的な冬が近づいた

 お昼の前に庭へ出ることにした。わずか数日、一週間も経っていないのに風が冷たい。季節の変わり目は、刻々と寒さを運んでいた。


 玄関ホールのスロープは、なんと手すりまで装備されている。三段の階段に設置したからか、緩やかな傾斜だった。急いで工事した管理人夫妻にもお礼を伝え、リリーに押してもらって外へ出る。


 庭も木々は葉を落とし、少し寂しい。冷たい風に首を竦めた。コートの上からショールを羽織ったのに、まだ寒い気がするわ。レオンは元気で、はしゃいで走り回った。やはり、子供は風の子なのかしら。


「もう一枚羽織るか?」


「いえ、大丈夫です。体が慣れないだけでしょうから」


 ずっと暖かな部屋でベッドにいたから、体が驚いているだけ。笑って、ヘンリック様に答える。テラス窓を開け、エルヴィンが手を振った。双子も騒いでいる。気づいたレオンが大きく手を振った。全身を使って、忙しそう。


 ある程度手を振り合ったところで、お父様に促されて弟妹が室内に戻った。ずっと開けておくと部屋が冷えちゃうもの。貧乏伯爵家だったら、頭を叩いて叱られる行動よ。何度か叱ったことを思い出し、懐かしくなった。


「ふふっ、可愛いこと」


「……公爵家を継ぐ勉強が始まれば、こんなに自由なレオンは見られなくなる」


「そんなに厳しいんですか?」


「王族に次ぐ地位は、さまざまな義務を課してくる」


 嫌そうにヘンリック様が吐き捨てた。そんな義務など放棄したいと聞こえた気がして、彼も人間らしくなってきたわと口元が緩む。


「完璧に作法を身につけることと、自由を失うことは同じではありませんわ。私はそう育てたいと思います」


 理想論でもいい。無理だと否定されても構わない。レオンが望む方向を閉ざさず、いつでも手を伸ばせるようにしておくこと。礼儀作法は厳しい教師に教えてもらい、きちんと身につける。


「そうだな」


 ヘンリック様はそれ以上言わなかったけれど、心の中で「俺の時とは違う」と付け足していたのでは? いずれ聞いてみたいことがある。今ではないけれどね。


「おかしゃま、これ」


 にこにこと持ってきたのは、半透明の石だった。この辺では稀に水晶の欠片が発見されるらしい。ヘンリック様の説明に頷きながら、石を手に取った。表面が傷だらけで曇った色をしている。磨いたら綺麗に光りそうだけれど、このままが美しい。


「綺麗ね、後で素敵なケースに飾りましょうね」


 頭の中で、ブローチ入れが浮かぶ。黒いビロードの箱だから、きっと映えるわ。それに箱の高さもある。飾った箱を見て喜ぶレオンを想像して、自然と笑顔になった。


「どうした?」


「いえ。もう少し先まで、いいですか?」


 頬を紅潮させて、まだ先へ行こうとするレオンを示し、ヘンリック様に首を傾げる。なぜかヘンリック様の頬も赤くなり、小さく頷いた。わかるわ、寒くても散歩って楽しいもの。

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