101.君はそれでいいのか?

 厳しすぎないかと、ヘンリック様は階段を見上げる。螺旋を描く階段は美しく、その手すりや支える柱も彫刻が施されていた。帰宅したばかりのヘンリック様を連れ、階段の手すりを指さす。


「この傷はユリアンのチャンバラごっこが原因です」


「ちゃんばら、ごっこ?」


 しまった、通じないわね。


「騎士の真似事ですわ」


 すまし顔で訂正した。なるほどとヘンリック様が頷く。それから二階の客間の絨毯のシミを示した。


「こちらはユリアーナですわ」


「そうか」


「ここのシミはユリアン、それから……」


「まだあるのか」


「はい」


 修繕費は私の予算から出していただくとしても、元はヘンリック様が働いたお金です。僅か二日間で起きた惨事を、淡々と説明した。これって事前に説明しても、納得してくれないと思うの。


 レオンが幼くて、ここまで家を傷つけたり汚したりしないから、余計に理解しづらいわ。幼い子なら侍従や侍女がついて、手取り足取り面倒をみる。乳母がいれば尚更だった。その感覚では、八歳の子がいかに怪獣なのか、説明してもわからないでしょう。


 ヘンリック様が出した許可を、勝手に取り下げるのは失礼だ。妻としての権限も逸脱する。だから一度は受け入れた。その上で、ヘンリック様に納得してもらって許可の撤回が望ましいの。フランクに相談したら、夫の顔を潰さずに済むので問題ないと同意された。


「明日から離れに戻します。女主人である私との約束を守れなかったのですから、仕方ありません」


「屋敷のことは任せる……が、いいのか?」


 家族と暮らしたいんじゃないか? 随分と省略されていたが、言いたいことは伝わる。気遣ってくださったことにお礼を伝え、その上でダメなものはダメと重ねた。


「物を壊したことももちろんですが、約束を守れない方が問題です。罰は絶対に必要ですわ。それと、永遠に一緒に暮らさないと決めたわけではございませんから」


 いずれ、あの二人も落ち着く日が来る。ユリアーナは淑女らしく、ユリアンも騎士か文官を目指すだろう。その頃には言動が穏やかになるはず。ヘンリック様は驚いたように目を瞬かせ、何度も頷いた。


 王宮に仕える文官や武官に、こんな乱暴者は少ないでしょう。自分の職場環境や他の貴族家の状況を知っていれば、想像しやすいはずよ。ヘンリック様は賢いのだけれど、物事を知らないのよね。世間知らずのお坊ちゃんの表現が似合った。


「君の……アマーリアのいいようにしてくれ」


「はい、ヘンリック様」


 階段を降りようとしたら、当然のように手を差し伸べられた。手すりを掴もうとした手を引っ込め、代わりにヘンリック様のエスコートを受ける。ゆっくりと降りる私に合わせ、ヘンリック様も一歩ずつ足をそろえて歩いた。まるで、結婚式の再現みたいだわ。


 ふっと笑った私に、ヘンリック様はこてりと首を傾ける。その仕草がレオンそっくりで、口元の笑みはさらに深くなった。

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