102.突然の呼び出しは失礼よ

 王女殿下からお手紙が届いた。といっても、手紙は王妃殿下の侍女が代筆している。おおまかな内容は、また遊びましょうだった。あの子と遊びたいと王女殿下が口にして、国王陛下が叶えた形ね。


 正式な王宮からの要求なので、断る選択肢はないの。読み終えた私は、先に開封したヘンリック様に尋ねた。


「いつ頃と指定がありませんね。どうしましょう」


 何日に会おうとか、招待するから何日後に来てねとか。そういった日付を匂わせる文章が入っていない。伯爵家が離れに戻った翌日、今日はお絵描きに付き合うつもりだった。


「実は、すぐ……なんだ」


 出勤前に届いた手紙には、国王陛下の指示がついていた。ヘンリック様の受け取った指示は、出勤時に連れてきてくれないか……だ。幼子を、こちらの都合の確認もなく? 王宮に呼びつけた……!


 驚きすぎて固まる私に、ヘンリック様が申し訳なさそうな顔をする。どうやらいつものことみたいね。大きく息を吐いて、感情を落ち着けた。そうしないと怒鳴ってしまいそうよ。


「本日、なのですね。どなたが同席なさるのでしょうか」


「おそらく……王妃殿下と侍女達だろう」


 にっこりと笑顔を作り、ヘンリック様に詰め寄った。


「非常識な命令をなさった方は、顔も見せないのですね」


「いや……指示で、命令では」


「では断って構いませんか?」


 そこで、ヘンリック様は考え込んだ。断れない指示なら、命令と同じでしょう。今までもこの手口で、ヘンリック様を都合良く利用してきたんだわ。知らないはずの事情を読み取れるほど、ヘンリック様は素直に態度や表情に出していた。


 指示と言われて回ってきた書類を、断れずに処理する。それが常態化し、いつの間にかほとんどの書類を公爵であるヘンリック様が担当した。その間、陛下は何をなさっていたのでしょうね。王妃マルレーネ様のご様子から判断して、我が子との時間を優先したわけでもなさそう。


 様々な考えが頭の中で手を取り合い、がつんと言ってやりたい感情が生まれた。もちろん、ケンプフェルト公爵家の害になるなら、未来のレオンのため呑み込みましょう。ただ、その場合は次に苦労するのがレオンになってしまうの。


 ヘンリック様に説明する私は、駆けてきたレオンを抱き上げた。マーサが着替えさせてくれたので、このまま王宮に向かえる。絶対に私も同行しますけれど。


「私も着替えてきます」


「あ、ああ。悪かった」


 簡単に受け取ったことを詫びるヘンリック様へ微笑んで、部屋に下がった。着替えながら、また腹が立ってくる。準備を終えて玄関へ歩き出す私は、レオンを抱いていた。ドレスではなく、ぎりぎりマナー違反にならないワンピースだ。


 足首まで隠しているけれど、王宮へ上がるには軽装だった。これが私の最大限の抗議よ。何か言われたら、突然の呼び出しで間に合いませんでしたと言ってやるわ。


「奥様、こちらをどうぞ」


 イルゼから受け取った袋も抱いて、ヘンリック様と王宮の馬車に乗り込んだ。窓の外の風景にはしゃぐレオンを見ながら、気持ちを落ち着ける。渡された袋には蜂蜜の飴が入っていた。私がイライラしているのを見透かされちゃったわね。

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