100.予想通りの展開だった
ケンプフェルト公爵邸に嫁いできた日が嘘のような、穏やかな一日が始まる。空き部屋となった二階の端に部屋を借り、シュミット伯爵家一行は暮らしていた。
一時的な宿泊になるからとイルゼに説明した話が、現実味を帯びてくる。今日も今日とて、元気に駆けずり回るのはユリアンだ。追いかけるユリアーナは、髪飾りを取り戻そうとしていた。
軽い兄妹喧嘩と思うなかれ。全力疾走する二人を止めようと両手を広げるエルヴィン、お父様が厳しい表情で息を吸い込んだ。
「こら! 何をしている!! そんなことをするなら、伯爵家に戻るぞ」
「「やだぁ!」」
さすがは双子、息ぴったりで返答する。急停止したユリアンに、止まりきれずにユリアーナがぶつかった。二人揃って階段を半分ほど転げ落ちる。見ていたフランクとイルゼが青ざめた。駆け寄ろうとする二人を、私が止めた。
「心配しないで、すり傷程度よ」
ですが……と反論しかけたイルゼに、階段の双子を示す。けろりとした顔で立ち上がるユリアンが、悪かったと謝りながらユリアーナの手を引く。むっとした顔で唇を尖らせながらも、ユリアーナは身を起こした。お父様はいつものことと呆れ顔で、早く来なさいと叱りつける。
「……本当、でしたね」
「ええ、なんともないのよ。あのくらい日常だったもの。もっと高い位置から落ちても、きちんと受け身を取れると思うわ」
「しゅごいねぇ」
「そうね」
抱っこしたレオンが感嘆の声を上げる。同意した後で、真似しないよう教えた。落ちても大丈夫だと思って、階段から転がったら困るわ。
「あれは訓練が必要なの。だからレオンには早いわ。お母様が許可するまで、階段で遊んではダメよ」
「うん」
聞き分けのいいレオンの頭を撫で、にっこり笑った。その後ろから「許可は一生出さないでいただきたい」とフランクが渋い顔で付け足す。ふふっ、当然じゃないの。可愛いレオンに、階段から落ちる許可なんて出せない。
「二人とも、また荷造りして頂戴。約束を破ったから、また離れよ」
「ええぇ!」
「やだぁ」
二人の反論をよそに、エルヴィンはそうだろうなと頷いている。この屋敷でまだ高価な壺などは壊していないが、時間の問題だった。手すりだって、何度も子供を受け止めさせるのは可哀想よ。飾り柱のお洒落な手すりは、そう長く持たないはず。
壊す前に離れに戻りなさいと言い渡した。自分達も約束を守らなかった負い目があるせいか、二人は不満そうにしながらも部屋に引き上げる。ぺこりと頭を下げるお父様は、苦笑していた。
私もお父様もエルヴィンも、こうなる予想はしていたの。だから長くないと伝えた。その意味を理解し、額を押さえたイルゼは大きな息を吐く。フランクはやれやれと肩を落とした。
「ゆんも、あにゃも、もどったうの?」
いくつかの言葉が発音しづらいみたい。レオンの可愛い言い方に、ふっと頬が緩んだ。
「そうね、今までと同じに戻るのよ。寝る時は離れに帰るだけ」
「うん……また、あしょぶ」
「ええ、仲良く遊んだらいいわ」
ヘンリック様がいるときは静かだったけれど、この騒動はフランクから報告してもらう。その上で、女主人である私が決めた約束を破った罰で、再び離れに戻したと伝えるわ。
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