95.思わぬ提案にきょとん

 ヘンリック様がお菓子を完食したのは、正直びっくりしたわ。この公爵家で出されるお菓子と違い、甘さが足りない。それにバターを使わないから、ぼそぼそするのよ。口の中が乾燥しちゃうの。


 紅茶を飲みながらゆっくり食べ終えたヘンリック様は、なぜか嬉しそうだった。こうしてみると、本当にレオンと似ているわ。ヘンリック様も笑ったら、レオンみたいに可愛いのかしら。想像してみたけれど、いまいちピンとこなかった。


 お父様がエルヴィン達を促し、帰る準備を始める。じっと見つめた後、ヘンリック様は何か考え込んだ。お邪魔をしないよう、レオンを抱き上げようとしたら……マーサに注意されてしまったわ。ドレス姿で抱き上げるのはおやめください、と。


 やっぱり普段はドレス不要ね。だって、レオンを抱きしめてあげられないもの。考え事をするヘンリック様に一声かけて、着替えのために自室へ戻る。レオンも着替えた方がいいけれど、まずはお昼寝が優先だわ。


 ベッドにレオンを寝かせてもらい、リリーの手伝いで装飾品を外していく。縞瑪瑙を宝石箱にしまい、ヒールの高い靴を脱いだ。この時点で解放感はかなりある。ドレスも脱ぐと、さらに自由になった。


「やっぱり普段の姿がいいわ」


 マキシ丈のワンピースに着替え、ほっとしながらソファに腰掛ける。上着を脱がせたレオンのシャツも、ボタンを外して緩めた。これも引き抜いちゃいましようね。サスペンダーを外したところで、レオンが目を覚ます。


「おか……しゃ……」


 うーんと唸ってまた眠ってしまった。


「いかがしますか」


「このまま寝かせてあげましょう。疲れちゃったのよ」


 夜眠れなくなる可能性を心配するマーサだが、それなら絵本を読んで付き合う。レオンの口がむにむに動き、まるで夢で食事をしているみたい。


「奥様、よろしいでしょうか」


 フランクの声に、入室の許可を出す。扉を開けたまま入った家令は、静かに一礼した。レオンの隣でベッドに腰掛けていたけれど、この姿勢はまずいわね。それに近くで話すとレオンが起きちゃうわ。


 窓際に置かれた長椅子まで移動し、腰掛けた。フランクは向かいの椅子の脇に立つ。何か話があるみたいだわ。どうぞと促したら、困惑した様子で提案された。


「こちらは旦那様のご希望なのですが……私室を一階に移動なさりたいそうです。それから奥様のご家族様……シュミット伯爵家の皆様に本邸へお引越しいただくよう、指示を受けました」


「ヘンリック様が……」


 一階に引っ越すのは、やはり階段が面倒なのかしら。そういえば、二階に上がるときに変な顔していたわ。もしかして私とレオンが引っ越したから、羨ましかったとか? ご自分のお屋敷なのだから、好きな部屋を使ったらいいと思うわ。


「私は特に反論はありませんが……良いのでしょうか」


 ヘンリック様の前では大人しくしているけれど、ユリアン達は騒がしいわ。うるさかったら、戻って貰えばいいわね。


「旦那様はご家族一緒に過ごしたいと仰せでした」


「ありがたいことですわ。ではまず数日一緒に暮らしてみましょう」


 ヘンリック様が無理そうなら、離れに戻ってもらえばいいんだもの。

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