96.皆で食べた方が美味しいものね

 夕食前に目を覚ましたので、レオンを着替えさせた。ベルントが呼びに行って、家族が食卓に揃う。その場で、ヘンリック様の提案が皆に周知された。双子は素直に喜ぶが、エルヴィンは困惑顔だ。お父様に至っては、口元まで運んだ肉をそのままに固まった。


「あ、ソースが……」


 人前なので我慢しようとしたが、堪えられずに注意した。お父様は慌てて我に返るも、僅かに遅い。ぽたりと垂れたソースがタイについた。あのソースはシミになるかしら。変な心配をするが、その点はお父様の応急処置が優れていた。ナプキンの端に水を垂らして叩く。


「……食卓ですわ、お父様」


 褒めたい気分が半分、公爵家の晩餐ですのよ……と苦笑いする気持ちが半分。吹き出しそうなユリアンが、エルヴィンに睨まれる。やんちゃなユリアンが仕出かす心配は尽きないけれど、ユリアーナやエルヴィンがいれば大丈夫かしらね。


「すまない、突然の申し出になってしまった」


 お父様を困らせたと思ったのか、ヘンリック様はしょんぼりと肩を落とす。お気になさらずと告げ、タイを外したお父様に追加の提案をした。


「いきなり荷物を全部移すのではなく、数日、本邸に泊まったらどうかしら。問題があれば、いつでも離れに戻れますもの」


 フランクは感心したような表情になり、ベルントは何度も頷く。二人も思っていたのね、これは危険だと。イルゼは少し厳しい表情を崩さなかった。寝る前に話を聞いておきましょう。


「レオン、ご飯は少なめにしてね。今日はこれがあるの」


 先ほど寝ていて食べられなかったお菓子を見せる。食後に出そうと思ったけれど、口に合わなくて夜中にお腹が空いたら可哀想だわ。お膝の上に座るレオンは、目を輝かせた。ブルーベリーの色が鮮やかで、美味しそうに見えるから。


「甘くないのよ」


 がっかりしないよう、先に教えておく。それから大きく半分に切った。用意された皿の上で、一口サイズまで切り分ける。このタイプの焼き菓子は手で割ると砕けちゃうのよね。食事用のカトラリーでさくさくと切り分け、フォークで差し出した。


「あーん!」


 小さな口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。不安そうに見つめるお父様は、伯爵家当主だけれど気が小さいのよ。心配症なのも貧乏が影響しているのかしら。少しして、レオンの表情がぱっと明るくなった。美味しかったみたいね。


「これ、おとちゃま……じぃじ、えるぅ、あにゃ、ゆん! おかしゃま……」


 小さく切ったお菓子を指差して数え、最後の一つを指で摘まんだ。ぱくりと口に入れて頬を緩める。


「あげゆ!!」


 はいっと全員にお皿を押した。一番距離の近いヘンリック様は、どうしたらいいか尋ねる視線を寄越した。食べるべきか、食べなさいと返すべきか。確かに難しい判断よね。


「レオン様、私達は先ほど頂いたので食べてください」


 エルヴィンが勧めると、きょとんとした顔をしてレオンは首を傾げた。皆が先に食べたのを悲しいと感じているのではなく、何を言われたか理解していない様子だ。


「レオン、私達は食べたのよ。これは全部レオンの分なの」


 別の言い方で柔らかく伝え直した。すると、ようやく納得した表情で頷く。お菓子のお皿をさらに押しやった。


「みにゃ、いっちょ!」


 一緒に食べようと訴える。その方が美味しいと感じるのなら、遠慮しない方がよさそう。一つ摘まんでありがとうとお礼を添えて食べた。ヘンリック様も続き、お皿は侍女が移動させて家族皆で頂く。


 ところで、一緒は発音できていたのに……王女殿下の話し方が移ってしまったの? 困ったわね。

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