94.素朴なお菓子はいかが?

 並んだお菓子は、シンプルで素朴なものだ。粉と卵と牛乳、余裕があればお砂糖が入る。我が家では砂糖の代わりに、野苺を入れたわね。あれは庭に木が生えていて、季節になると無料で取り放題だったのよ。似たような色の果物が入っているけれど、これは何かしら。


「ブルーベリーだ、豪華だぞ」


 お父様の言葉に、なるほどと頷いた。さすがに公爵家の庭に野苺は生えてないでしょう。季節も外しているし、果物が欲しいと伝えたらブルーベリーが出てきたんだわ。事情を察して、一つ手に取った。顔の近くに寄せると、懐かしい香りがした。頬が緩んでしまう。


「頂くわ」


「……その、俺もいいだろうか」


 遠慮がちに申し出るヘンリック様に、私が取って渡した。


「遠慮なさる必要はありません。家族ですもの」


「そういうものか」


 驚いた顔をするヘンリック様は、手の上の菓子をじっと見つめる。おそらく彼が口にしたことのない味だろう。どんな反応をするのか、とても楽しみだった。エルヴィンは手にした菓子を半分に割り、双子に手渡す。寝る前に一つずつ食べたら、多過ぎるわ。


 レオンは寝ていて、頬をつついても起きなかった。食べられなくても、取っておいてあげるわ。イルゼに伝えて、一つを保存用のケースに入れる。お皿に置いたお菓子の上に、半円形のガラスのお椀を被せる感じだ。


 乾燥しにくくなって、美味しく保管できるの。長くは無理だから、明日食べさせましょう。手にしたお菓子を割る。私達が出かけてから作ったようで、もう冷めていた。バターは高いので使わない。そのため、ぱさぱさした食感だった。


 一口目で懐かしさ、二口目でブルーベリーの香り。口に運ぶたびに笑みが溢れた。絶品ではないけれど、家庭の味なの。豪華なお菓子に口が慣れても、時々食べたくなるでしょうね。


 私が食べるのを見て、ヘンリック様もお菓子を割った。同じように食べ始める。途中で手が止まるかと思ったけれど、何も言わずに最後まで食べ切った。じっとお父様を見つめて、礼を口にする。


「ありがとう、初めて食べたが美味いな」


「閣下のお口に合いましたかな?」


 穏やかに返す父に、ヘンリック様は呼び方を提案した。ヘンリックと呼ぶように……さすがにお父様は固辞した。最終的に「ヘンリック様」と敬称を付けることで落ち着く。


「呼び捨てでいいのだが……」


「家族ですから気持ちはわかりますが、この子達が外で呼び捨てたら……問題になりますわ」


 エルヴィンは大丈夫だろうが、双子やレオンは呼び分けが難しい。家で呼んでいた通り、外でも呼びかけてしまうだろう。家族だけの場なら許されるが、外で口にしたら。


「そうか、仕方ない。だが俺は義父上殿と呼ばせてもらおう」


 ここでまた「畏れ多い」だの「聞き分けてくれ」だの。二人の間でお決まりの応酬があって、最終的にお父様が折れた。結果は分かり切っていたので、私はお菓子の残りを堪能する。


「ユリアン、残りは明日よ」


 手を伸ばした弟を叱り、エルヴィンが慌ててお菓子に布を掛けた。食いしん坊なのは昔からよね。

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