77.貴族に課せられた義務

 朝食の席で、ヘンリック様にしっかり言い渡されてしまった。


「ある程度、装飾品は揃えてくれ。予算はフランクが知っている」


「……はい」


 ここからフランクによる、簡単なレクチャーが始まった。上位者がよい服を着なければ、その下の者はひどい服を着用することになる。これは上位者より仕立てや生地のよい服を纏うのは、礼儀知らずとされる作法による考えだった。


 つまり公爵夫人の私が地味で安いドレスを着ると、侯爵夫人はそれより下。さらに伯爵夫人、子爵夫人……と下がっていき、男爵夫人は平民より安い服になってしまう。極端な話、そういうことだ。どこかで聞いたような話だわ。


 課長が社長よりいい車に乗ると、出世に響く……そんな感じよね。置き換えて理解した。幸いにしてまだ社交の場に出向いていなかったので、修正は可能だ。それなりのお値段の服を仕立てればいいのね。


「それから……母や前妻は使いすぎだったが、あまり使わないと金が回らない。貴族が金を使うことで、商人が豊かになり、末端まで効果が波及する」


 ヘンリック様の考えは、国を動かす大きな視点に立ったもの。ほぼ平民生活だった貧乏伯爵家の私には、目から鱗だった。


「今後は気をつけますね」


 にっこりと応じる。こうして話してみると、互いに補い合えるし……夫婦としてバランスがいいんじゃないかしら。


「おかしゃま、おこられ、たの?」


「叱られちゃったの。違いは後で教えてあげるわね」


「あい! これがいい」


 返事の後に、食べたい物を示された。目玉焼きではなく、ゆで卵だわ。これって……あれよね。卵の上をカットして、中身を掬って食べるやつ。半熟だから割らないようにしないと……ごくりと緊張に喉を鳴らすが、心配は不要だった。


 慣れた様子で侍女がカットして差し出す。上部分を外して提供されたので、スプーンを差すだけでいい。あの殻に残った白身がもったいなくて、目で追ってしまった。わかってるわ、主人の食事で残ったものは、使用人が美味しく食べるのよね。


 食べ残しを渡すのも気が引ける私だが、注意されたことは守らないと。エッグスタンドから黄身を掬ってレオンに食べさせる。


「アマーリア、義父殿や義弟殿も朝食に誘ったらどうか」


「……あ、はい。明日から誘ってみますわ」


 夢中になって食べさせていたら、思わぬ言葉が飛んできた。ヘンリック様から、その提案が出るなんて。ぱちくりと瞬いて、ほわりと笑う。表情の変化にヘンリック様の頬が赤くなり、無言でエッグスタンドを引き寄せた。


 あ、まだ開けていないのに……。ヘンリック様は器用に道具でカットして食べている。手伝い損ねた侍女が、そっと壁際に下がった。なんか上流階級っぽくてカッコいいわ。私も練習しておきましょう。


「奥様、デザイン画を預かってまいりました」


 あら、ベルントがいないと思ったら、取りに行ったのね。そんなに急がなくてよかったのに。食後のお茶を楽しみ、ヘンリック様のお見送りに立った。今日は勉強の時間に、カタログへ目を通さなくちゃ。忙しい一日になりそう。

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