76.夜は家族の時間です
お父様達には離れへ帰ってもらい、私達と使用人だけの状態にする。レオンは頭をぐらぐらさせながら、眠りの船を漕ぎ始めた。
「ヘンリック様、採寸は明日にいたしましょう」
きょとんとした顔のヘンリック様に、丁寧に説明する。この方は知らないだけで、話せば理解する人だもの。
「仕立て屋の仕事は昼間だけ。夜は家族の時間ですわ。ヘンリック様も、家族で食事中に王宮へ呼び出されたら嫌でしょう?」
「そうだな」
「採寸は明日、昼間に行います。デザインはある程度選んでおきますので、夜に確認してください。ヘンリック様の意見もきちんと取り入れますよ」
「決めてくれていいぞ」
好きなものを注文していいと気前のよい発言だが、問題点がある。
「ヘンリック様、お揃いということは、あなたも着用するんですよ。私に相応しい装いか、レオンに似合うか。あなたの好きな色か、これは重要です」
誰か一人で決めるのではない。レオンと私で選んだ後、ヘンリック様も選んでほしい。希望を伝えると、考え込んでしまう。用意されたお茶を楽しみ、眠ってしまったレオンの黒髪を指で整えた。ようやくヘンリック様が頷く。
「ベルント、明日の朝でいいからデザインカタログを預かってきて頂戴」
「承知いたしました」
「明日の朝、よ」
念押ししておく。夜中に馬を走らせたら危ないし、相手の仕立て屋さんにも迷惑だわ。
明日、ヘンリック様の正装を見せてもらう約束も取り付ける。これは当人がいる場所で話しておかないと、勝手に見せてもらうのは悪いもの。この考えにも、ヘンリック様は「そういうものか」と呟いた。
招待状に記されたお茶会は、十日後だ。私は準備期間が短いと感じたけれど、一般的らしい。前世の記憶だと、結婚式のお呼ばれくらいしか格式の近い招待は思いつかなかった。一ヶ月くらい前に、参加の可否を問うものだから。
「服も準備するのに、十日は短いわよ」
「奥様、貴族夫人は常に十着ほどの新品ドレスを用意しておられます。公爵夫人ともなれば、数倍は必要でしょう」
フランクの指摘に、そうなの? と驚いた。私、この屋敷に来てから仕立てた覚えがないわ。これって普通じゃなかったのね。驚いていると、ヘンリック様がフランクに、私が仕立てたドレスを尋ねる。ないと返され、固まっていた。
「一着も?」
「指示があったのは、普段着のみでございます」
やだ、なんか恥ずかしくなるわ。レオンが寝返りを打つように、腕の中で暴れた。慌てて抱え直し、ヘンリック様におやすみなさいの挨拶をする。このチャンスに……と、自室へ向かった。
逃げたんじゃないわ。レオンが眠いから……言い訳しながら、ベッドに潜り込む。無駄遣いしないのはいいことだと思っていたけれど、違うのかしら。公爵夫人のお役目って難しいのね。
しっかりしがみ付いて寝息を立てるレオンの黒髪にキスをして、私は目を閉じた。難しいことは、明日考えましょう。
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