78.ドレスを選ぶのに一苦労

 ヘンリック様の馬車が見えなくなってから、絨毯の部屋に移動した。フランクから話を聞く。予算額は……驚きの高額で、三回くらい聞き返してしまったわ。だって、我が家のかつての食費三年分くらいのドレスを作るのよ?


 貧乏すぎて食費が低すぎたとは思うけれど。質素倹約、節約の鬼だった私には恐ろしい金額だったわ。公爵夫人として私が恥をかけば、将来のレオンが嫌な思いをする。自分に言い聞かせて、ぐっと呑み込んだ。


 隣で積み木を並べるレオンを呼んで、一緒にカタログを眺めた。デザイン画が綴じられた本は、本来、持ち出し禁止らしい。公爵家御用達なので、貸してくれたのね。あとで採寸に来たら感謝を伝えましょう。


「これとか、綺麗ね」


 レオンとヘンリック様は黒髪、私はくすんだ金髪だ。色が対照的なので、似合う色を選ぶのが難しい。その中で、私の目に留まったデザインは、真っ青な絹が下へ向かって水色になるグラデーションだ。形はシンプルで、締め付けの少ないエンパイアだった。


 全体に刺繍が施されており、その刺繍が金色だった。豪華さも演出できると思うし、何より上品で見映える。肩を出すデザインながら、短いボレロのような上着が用意されていた。なんていうのかしら、共布で肩甲骨辺りまでしかカバーしていない。上着というより、袖カバーのよう。


 男性用はないけれど、この絵は気に入った。フランクがなるほどとメモをとる。何も言われないのなら、合格みたいね。そもそもこのカタログのデザインは、すべて合格ラインに達しているのかも。


「そんなことはございません。こちらのお店には、伯爵夫人もいらっしゃいますので」


 尋ねたら即答された。伯爵家から公爵家まで、幅広く用意しているのね。地味なデザインを選んだら、叱られちゃうところだったわ。


「奥様、仕立て屋のご夫婦がまいりました」


 絨毯の部屋で会うつもりが、フランクに止められた。靴を脱いだ姿はまずいようで、商人を通す商談用の客間へ向かう。御用商人が表玄関から出入りすることはないため、商談部屋も裏側にあった。屋敷を横断する勢いで、足早に移動する。


 レオンは積み木の三角を一つ手に持ち、手の中でくるくる回して眺めていた。


「待たせましたね」


 奥様らしくを心がけて入室する。当然だけれど、ノックは同行したベルントの仕事だ。レオンを抱いているから助かったわ。ソファに腰を下ろし、テキパキと話を進める。まずは採寸だった。


 考えてみたら、ゆったりした普段着のみ購入したので、ドレス用のピッタリサイズは測っていない。そんなところも? と驚くほど細かく測り、腕の可動域まで確認された。


 レオンも一緒に測ってもらい、言われた通りくるくる回る。褒められて楽しくなったようだ。嫌がられなくてよかったわ。手を上げたり下げたり、レオンは最後まで元気よく応じた。


「デザインなのだけれど、これで男性用もお揃いにできる? 旦那様もレオンも、似たデザインで仕上げてほしいの」


 要望を伝えると、驚いた顔をされた。色で合わせることはあるが、デザインまで揃えることは珍しいようだ。すぐに追加のデザインを用意してくれると聞いて、私はほっとした。製作期間が短いから、追加料金を払うと伝えたら、すごく驚かれたわ。この世界では、そういう概念がないのかも。

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