72.まさかの絵本ループ

 ヘンリック様を玄関で見送り、私とレオンは欠伸をした。よく家族の欠伸に釣られると聞くけれど、本当だったわ。レオンが先に欠伸をしたら、我慢できずに出てしまったの。レオンを抱いていたので、手で隠せなかった。


 こっそりとレオンの陰で欠伸したけれど……フランクは見なかったフリ。ベルントは何か言いたそうで、侍女二人はくすくす笑っていた。


 仕方ないのよ。二人とも寝不足なんですもの。当たってほしくない予想ほど当たるもので、レオンは夜中に目を覚ました。気分が高揚しているのか、部屋を走り回る。こういう時は放っておくのが一番と、ただ見守って手を出さなかった。


 しばらくしたら満足したようで、紅潮した顔で戻ってくる。その手には絵本を掴んでいた。まさか……この時間から?


「おかしゃま、ほん!」


「今は夜中ですもの、明日にしましょうね」


 子供が目を覚ますと、母親は自然と起きてしまう。本能なのかしらね。何現象と呼ぶのか知らないけれど、無視して眠るのも難しかった。だから言い聞かせて我慢してもらおうと思ったのだけれど、レオンは嫌だと訴える。


 ダメなものはダメ、そう教えるのも必要だわ。でも……レオンはまだ甘えることを覚えたばかり。いま我慢させたら、また甘えられなくなるかも。ぐらぐら揺れる天秤は、甘やかす方角へ倒れた。


「わかったわ、この本だけよ」


「うん」


 嬉しそうにベッドによじ登り、いそいそと私の膝を目指す。ベッドヘッドのクッションに背を預け、レオンを抱き寄せた。膝の上でご機嫌のレオンに、絵本を読み聞かせる。


 悪い魔女がお姫様を連れ去り、隣の国の王子様が救出に向かう。ここまではよくある物語だけれど。倒された悪い魔女が、実はお姫様のお母さんだった……。どうしよう、なんでこんな重い内容を絵本にしたのよ。着地点が読めないわ。


 魔女に縋って泣くお姫様の涙で、悪い魔法が解けたお母さんと抱き合うシーンで終わる。めでたし、めでたし? この絵本の作者は変わり者だと思うわ。


 絵が可愛らしい分だけ、内容の重さが気になる。読み聞かせる私の方がドキドキしたもの。お母さんが亡くなった場面で終わりだったら、最悪のバッドエンドになるところだった。


 読み終えたので本を閉じれば、レオンは次の本を引っ張った。


「ダメよ、この本だけでしょう?」


 決めた通りにしましょうね。そう伝えたら、レオンは少し考え込んだ。満面の笑みで、読み終えた本を開く。


「もっかい」


「……え?」


「もっかい、おかしゃま」


 ご機嫌で促すレオンの中で、この本なら何回でもルール違反ではないと認識されたみたい。この本は読んだでしょうと伝えても、この本はいいのと返される。


 私が思っているより、レオンは賢いわ。次は「一回だけよ」と読む約束をしなくては……そう心に決めて、あらすじを暗記するほど読まされた。


「散歩したかったけれど、お昼寝の時間と交換しましょう」


 本当は寝ないで我慢した方がいいのだけれど……ちょっと無理そう。

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