73.まだまだ赤ちゃんね
お昼に起こしてと頼んだリリーのお陰で、眠りすぎずに済んだわ。まだ眠いと訴えるレオンを抱いて、着替えのためにマーサに預ける。この家に来た直後は、乳母を雇うつもりだった。でも私が面倒を見ているので、専属侍女達がサポートしてくれる。
大きな屋敷では、侍女や下女の役割がはっきり分担される。公爵夫人の専属侍女に選ばれる二人は、礼儀作法も教養もある子爵令嬢だった。安心して仕事を任せられるわ。侍女長のイルゼは伯爵家の三女だったというから、この屋敷には貴族の子女が溢れていた。
幼い頃から階級社会で生きてきたので、上下関係もしっかり理解している。レオンに無礼な振る舞いをする人もいないし、私に対しても同様だった。裏で呆れている可能性は否定できないけれど。表に出さなければ問題ないわ。
「レオン、一緒にご飯を食べたらお散歩しましょう」
「おしゃんぽ! おはな?」
「そうよ、お花を見に行くの。その前に食事よ」
「うん」
手を繋ごうと差し出され、しっかりと握る。並んで歩き出した。やっぱり階段がない一階に引っ越して正解ね。食堂でお父様達と一緒になり、賑やかな食事を始める。レオンは右手にスプーンを握り、左手にフォークを持った。その状態で、ぱくりと口を開ける。
「あー!」
「まだまだ赤ちゃんね」
からかうつもりで口にしたのに、レオンは満足げに「うん」と頷いた。赤ちゃん扱いでも気にしないの? この年齢の子って、大人ぶると思ってたわ。
取り分けた料理を運び、咀嚼するレオンに飲み物も勧める。野菜と果物で作られたジュースを飲み、また口を開けた。池の鯉……鳥の雛? ぱくぱくと強請る姿に頬が緩んだ。満足するまで食べさせて、残りを私が頂いた。
「とても美味しかったわ」
お礼を伝えてもらうよう微笑んで、レオンと手を繋ぐ。今日は自分で歩きたい気分みたいね。繋いだ手を振りながら、外へ向かおうとするのを止めた。
「おしゃんぽ、ちあうの?」
「まだよ。食べたご飯がお腹の中で暴れないように、もう少し待ちましょうね」
目を丸くして、ふっくらした幼児特有のお腹を撫でる。急に動いたら痛くなるのよ、と伝えたらお腹をぽんと叩いて「めっ!」と叱るの。可愛いのとおかしいの両方で、吹き出すのをぎりぎり堪えた。我慢したけれど、明日は腹筋や頬が痛くなりそうね。
お父様は午後もエルヴィンの勉強に付き合うし、双子はお昼寝する予定だ。ソファに並んで休んでから、手を繋いで外へ出た。
やや曇り空のため、明るいが日差しは強くない。高らかに足音を響かせ、ご機嫌で歩くレオンは途中で花に駆け寄った。しゃがんで手を伸ばすから、慌てて止める。それ、棘がある花だわ。
「めっ、なの?」
「ちくちくする棘があるのよ。取ってもらいましょうね」
公爵家の若君としては、庭師を呼んで摘んでもらうのが正しいのよね。ベルントに確認したら、それでいいと返答があった。レオンにそのまま伝えたら頷く。すぐに庭師が駆けつけ、花を切って棘を処理してくれた。
受け取ったレオンは嬉しそうに笑う。
「あぃがと」
「畏れ多いことです」
一礼して帰っていく庭師を見送るレオンは、不安そうに私を見上げた。
「おしょれちゃうの?」
思わぬ質問に、そんなことないわと説明する。ベルントと顔を見合わせ、苦笑いしながら散歩を再開した。
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