70.羨ましく感じた ***SIDE公爵
アマーリアの提案は、思わぬものだった。まだ給料の定めはしていないから、変更は可能だ。指摘されるまで考えたこともなかった。上司から仕事を押し付けられ、部下からは不満が突き上げる。そんな役職になってしまうとは……。
俺の持つ権限を分けて与える。それにより、俺の決裁する書類が減るだろうと軽く考えた。だが、その点はアマーリアの評価に値するようだ。一人に仕事が集中する状況は、何かしらの不幸が重なれば瓦解するらしい。
現状、もし俺が寝込んだりすれば……想像するのも恐ろしい混乱を引き起こす。国政は滞るし、陛下の元へ書類が山積みにされるはずだ。そして対応できず逃げる姿まで、すぐに想像ができた。にもかかわらず、この状況を維持してきた俺は、ただ怠慢に日々を過ごしていたのではないか?
何もできず役立たずな父のようになりたくなくて、我が侭を振り翳して遊び呆ける母と同じ行為はしたくなくて。俺も逃げ回っていたのだ。その結果、やらなくてもいい仕事までかき集め、夢中になってこなした。
処理済みの書類の山を見れば、成果がはっきりする。自分が役に立った証拠として、わかりやすかった。いつしか、誰もが俺に書類を持ち込み、当たり前のように周囲を巻き込む。文官達には申し訳ないことをしてしまったな。
こうして家族で過ごす楽しい時間を、彼らから奪っていた。何かしらの詫びを用意するとしよう。だが独りよがりになると迷惑だから、フランクに相談する方がいいか。
ちらりと視線を向けた先で、アマーリアは料理長への指示を出していた。ベルントを使い、レオンの夜食を注文する。気の利く彼女なら、何かいい案を出してくれるのではないか? そう気づいたら、そわそわしてきた。
どう切り出せばいい。俺の口調は偉そうに聞こえるらしいから、頼み事をする際は柔らかく……それはどんな単語だ? やはりフランクに命じて、アマーリアに聞いてもらう方が不愉快にさせないかもしれん。
考えがぐるぐると回る俺は、すっかり自分の世界に浸っていたようだ。ぽんぽんと肩を叩かれ、はっとする。
「ヘンリック様、どうなさいました? 移動しますよ」
「あ、ああ」
同意して立ち上がる。食堂から絨毯の敷かれた団欒の間へ入り、用意されたクッションにレオンが寝かされた。だが起きてしまい、ぐずぐずと泣き始める。
「あらあら、赤ちゃんね」
ふふっと笑うアマーリアは、優しくレオンを抱きしめた。涙だけでなく鼻水も垂らす顔も気にせず、胸元に引き寄せてぽんぽんと背中を叩く。落ち着いてきたのか、レオンの愚図る声が小さくなった。
合図を受け取ったベルントの手配で、ジャムを塗ったパンが運ばれる。レオンは膝に座ったまま、もそもそと食べ始めた。ハムと野菜を挟んだパンも齧り、驚く量を平らげた。その間、ずっとアマーリアはレオンを見つめている。
幼子にとっての母親がどれほど大切で、大きな存在か。あんな風に俺を見てくれる人がいたら、何か違っていただろうか。いい子ねと頭を撫でられる姿を見て、素直に羨ましいと感じた。
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