63.穏やかに心休める夜に
公爵家に嫁いでまだ数ヶ月、毎日のルーティンは決まっていた。新しい家族となった旦那様、ヘンリック様のお見送りと出迎えを新しく追加する余裕はある。執事のベルントに尋ねたら、明日は朝食を摂ってから王宮へ向かうらしい。
「レオン、明日はお父様のお見送りをしましょうね」
「おとちゃま? どぉしゅるの?」
疑問がたくさんのレオンに、お見送りを説明する。仕事に行くヘンリック様に、行ってらっしゃいと手を振ること。頑張って無事に帰ってねと挨拶するのと伝えた。
「うん」
「朝のご飯も一緒にいただきましょう」
「うん!」
元気な返事を受けて、お風呂に送り出した。マーサが入浴させる間に、私も済ませる。ゆっくりめにお風呂に入れるマーサは、今頃レオンの髪を洗っている頃かしら。そんなことを考えながら、ヘンリック様の変貌ぶりを振り返る。
ラベンダーのオイルが香るお湯は、気持ちも体も解してくれた。
「旦那様が楽しそうで、驚きました」
洗った髪をくるりと捻って留めるリリーの声には、言葉以上の驚きが滲んでいた。
「そうね、私も驚いたわ。ヘンリック様があれほど歩み寄ってくださると思わなかったの」
「誤解されやすい方だと、常々フランク様が嘆いておられましたが、その通りでした」
フランクにしたら、もどかしかったのかも。妻を迎えても帰ってこないし、私とレオンはどんどん親しくなる。そこにヘンリック様が加わったら、と考えたなら。ヘンリック様は恵まれているわ。
ご両親……というか、私が知っているのは先代のヨーナス様だけね。義父があまりにひどい人だったから、家庭は冷えていたでしょう。でも真っ直ぐ育っていて、知らないことも尋ねる勇気がある。
一方的に話を決めつけて怒鳴ることもなかった。私にしたら合格点だわ。でも……。ヘンリック様にびしばし教育していいのか、この場で口に出せないわ。フランクに尋ねる方がよさそうだから、明日の課題ね。
「おかしゃま!」
まだ湯船に浸かる私を探して、レオンがひょこっと顔を見せる。ちゃんとマーサと手を繋いでいた。
「今行くわ」
お湯から出て、リリーの用意したタオルを巻く。保湿用のクリームを塗ってから、部屋着を羽織った。その間に、レオンも粉を叩いてもらう。子供は肌荒れしやすいので、薬用効果の高い粉を背中や足に叩くのだ。もちろん、口に入れる可能性がある手の指は粉をつけない。
「おいで、レオン」
準備を終えて手を広げれば、全力で走ってくる。躊躇した最初の頃が嘘のよう。全開の笑顔で突進された。後ろに尻餅をつきそうになって、グッと堪える。あと数ヶ月したら後ろに倒されちゃうわね。
抱き上げてベッドに向かい、レオンに絵本を読み聞かせる。眠ったのを確認し、上掛けを引っ張り、頬にキスをして眠りについた。
朝のお見送りに間に合うよう、リリー達が準備をしてくれる。何も心配いらなかった。以前、ヘンリック様の帰宅で怯えたレオンも、一緒に過ごして落ち着いたみたい。この穏やかな日々が続きますように。
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