59.思いのほか楽しい食事
机の距離を縮めて、まるで円卓を囲むような近さで……旦那様の指示に驚く。フランクは笑顔で応じ、あっという間に整えられた。大皿は公爵家と伯爵家に分けて用意されていたが、いつの間にか一つに盛り直されている。
洗い物が増えちゃって申し訳ないわ。机の両端に置いて貰えば、問題なかった気もするけれど。張り切るフランクの笑顔に、答えを見た気がする。不器用な旦那様が自ら歩み寄ろうとしているんだもの。父親世代のフランクは嬉しいのね。
「旦那様、こちらも美味しいですわ」
「鶏肉か? それをくれ」
侍女達がさっと動く。厨房から料理を運ぶのが仕事の彼女達は、取り分けも上手だった。遠慮がちだった父や弟妹も、徐々にいつもの調子が出てくる。エルヴィンは隣のユリアーナを補助し、お父様もユリアンの皿に置かれた肉を切り分けてやった。
出てきた肉を、口に入れる量以上に切るのはマナー違反だ。旦那様はちらりと視線で確認した様子だが、何も指摘しなかった。美しい所作で口元へ運ぶ旦那様に、ユリアーナは釘付けだ。いいお手本になるわ。
恋愛小説が大好きなユリアーナは、登場人物の夫人や令嬢を真似て背伸びしたがる。スカートをちょんと摘んで歩いてみたり、踵の高い靴を欲しがったり。そんな彼女にとって、理想的な所作なのだろう。
「物語の淑女って、こんな感じかしら」
「残念だけれど、旦那様は殿方よ」
女性ではないから、紳士ね。訂正すると、皆から小さな笑いが漏れた。旦那様はきょとんとし、レオンは皆の顔を何度も往復する。
「おか、しゃま……いまの?」
最後まで言わずに察してもらおうとするレオンに、どうしたの? と問いかけた。最後まで自分で尋ねる癖をつけさせないと。言葉を濁してばかりはよくないわ。
「うんと……いまのなぁに?」
どう尋ねていいかわからなくて、同じような質問になった。これ以上繰り返しても同じなので、尋ね方を教える。
「皆が今、笑った理由が知りたいのね?」
「うん、りうー」
口が開いたところへ、カットした人参を入れた。甘く煮てあるから食べるかも? 話に気を取られている影響で、気づかなかったみたい。もぐもぐと咀嚼している。
「旦那様もレオンも男性でしょう? 立派な紳士だもの。淑女は女性に使う表現なの」
首を傾げるレオンの黒髪が、さらりと頬を掠める。指先で髪を押さえて、耳に掛けた。
「レオンは女の子?」
「ううん」
「そういうお話よ」
こうして解説してしまうと、なんで笑ったのか。自分でもわからないわね。顔を上げると、旦那様はなるほどと呟いている。もしかして公爵家ご一家は、冗談が通じないタイプなの?
逆に考えると、実家がおかしい気もしてくる。貴族らしくないし……ちらりと視線を向ければ、家族は再び食事に専念していた。ユリアンはフォークから落ちた豆を、こっそりポケットにしまっている。洗濯が大変だからやめてほしいわ。
今までの癖が出て、ついつい母親じみた心配をしながら食事を終えた。緊張で味がわからないかも? と心配したけれど、ちゃんと美味しかったわ。それに楽しい。
旦那様はどうだったかしら。視線を向けると、穏やかな表情で口元が少し緩んでいた。楽しんでもらえたみたいね。
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