60.なぜ正座?

 旦那様が王宮に詰めていた頃は、夕食後に絨毯の部屋で寛いだ。侍女達の目があるから、寝転んだりはしないけれど。靴を脱いだ状態で、足を伸ばして座ったわね。


 迷ったのは一瞬だけ。旦那様は絨毯の部屋で靴を脱ぐのも平気だったし、誘ってみよう。ダメならそう言ってくれると思う。冷たい人と思っていたけれど、話をすればきちんと聞いてくれた。何も知らない子供みたいに、新しいことに興味も持つ。普通の人なのよ、ただ人との接し方が不器用なだけ。


「旦那様、夕食後は絨毯のお部屋で寛ぎますの。ご一緒にいかがでしょう?」


「……いいのか」


「ええ、旦那様をお誘いしましたのよ」


 他でもないあなたに声をかけた。そう伝えたら、僅かに口元が緩んだ。喜んでもらえたみたい。言動も不器用だけれど、この整ったお顔も不器用なのね。表情を作って不機嫌そうにしているより、今のぎこちない笑顔の方がずっと素敵だわ。


「だん、にゃ……ちゃま」


「レオンのお父様よ」


 私の言葉を真似ようと、自分で頬を摘みながら頑張る幼子に、あなたの父親よと教える。


「おとちゃま!」


「ちゃんと覚えたのね、えらいわ」


 褒めるたびに、レオンは嬉しそうに笑う。この子は褒めると頑張れるタイプだから、たくさん褒めてあげたいわ。エルヴィンと同じタイプなのよ。逆に双子は叱らないと動かない。


「旦那様、絨毯のお部屋に移動しますわ」


 同行を躊躇う父達も一緒にと促して、立ち上がった。絨毯の部屋で、順番に靴を脱ぐ。伯爵家では、脱いだ靴は自分で整える。部屋を出る時に履きやすいよう、逆向きに並べた。私も同じように靴の向きを直す。


 きょとんとした旦那様も、見様見真似で靴を並べた。あたふたする侍女をよそに、フランクは満足げだ。いつもは家計や管理の書類に追われる家令も、今日は旦那様の付き添いに専念するようね。


 お茶の用意を頼み、私はやや奥の方へ座った。窓が近いため、抱っこから降りたレオンは窓へ走っていく。頭が大きいから不安定だけれど、転ばずに窓へ手をついた。ぺたりと手のひらを当てて、じっと外を眺める。


 ここは団欒用の部屋として用意されたため、庭を眺めるには最高の位置だった。水瓶を持つ乙女の像があり、下の噴水池に水が落ちる。手前に花壇があり、色とりどりの花が揺れていた。庭師渾身の眺めね。


「いつも通りでいいわよ」


 なぜか正座して座るエルヴィンと、真似て足の痺れた双子が転がっている。お父様も胡座をかかずに正座だった。畏まらなくていいと伝え、旦那様を見ると……。


「なぜ……正座?」


「せいざ……と言うのか。疲れる格好だ」


 皆がしたから真似したのでしょうけれど、正座ができなかった。普段しない姿勢で、前屈みに手をついて堪えている。私の崩した座り方は、スカートに阻まれて見えなかったのね。こうですよとスカートの足を上から押さえて、形を確認してもらった。


 横に崩して座ったが、まだ転がりそう。私が足を伸ばして座り、侍女にクッションを運んでもらった。その姿を確認し、旦那様は壁際に移動する。受け取ったクッションを壁に立て掛け、手前に座った。


 応用力がすごいわ。教えていないのに、転ばないよう壁を利用するなんて。勉強ができる人は違うわね。感心しながら、運ばれたお茶をいただいた。

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